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宮下 倖さん

宮下 倖です。 楽しくたくさん書いていきたいです。

性別 女性
将来の夢 誰かの心にひとつでも響く言葉が紡げたら幸せです。
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秘しても色あふるる世界

16/05/09 コンテスト(テーマ):第107回 時空モノガタリ文学賞 【 色彩 】 コメント:6件 宮下 倖 閲覧数:1797

時空モノガタリからの選評

何気なく穏やかな会話に見える「真意」。生滅を繰り返す「言葉の色」の観察がうまく、その場のリアルな空気感を感じました。会話に見られる色にもさまざまな色彩があるのですね。すれ違う人々の会話の「色」や心理の描写も説得力がありました。優しい主人公が淡々と客観的に世界を見ているがゆえに、後半の展開が胸に刺さるものがあります。完成度の高い作品だと思いました。

時空モノガタリK

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 「お似合いですよ」と絶妙な曲線で口角を上げた店員に僕は苦笑した。袖を通したジャケットの襟元を直しながら妻を振り返る。目線だけで「どうだ?」と問うと、彼女は小首をかしげた。

「うーん、いいんじゃないかな」

 艶やかに彩られた妻の唇をちらりと見やり、僕はまた苦笑した。あまり有用な意見はもらえないようだ。生地もそこそこ、値段もそこそこ、ベーシックなデザインで色はグレイ。けれど、可もなく不可もなくのジャケットは、店員と妻が“吐き出した色”を見るにそれほど僕に似合ってはいないらしい。

 選び直そうかとも思ったが、妻は僕の買いものに飽きたようで視線をあちこちに向けてはつまらなそうにしている。僕は妥協を選び、ゆっくりジャケットを脱ぐと「これください」と店員に手渡した。包んでもらっている間、周りを見回すと、世界は実に豊かな色に溢れていた。紳士服の隣には婦人服、同じ並びに子供服や玩具売り場もある。休日のショッピングモールは多くの人々が行き交って賑やかだ。

 多様な商品の色以外に、僕の目にはさまざまな色が人々の周囲を漂っているように見えている。それは「言葉の色」だ。上っ面のものではなく、言葉に込められた真意が色となって見えるのである。
 たとえば、感謝は明るいオレンジ、愛情は深いピンク、怒りは艶のない黒、悲しみは滲んだ青というふうに。そして、それらは一色ではなく何色も重なったり、ひとつの色をほかの色が縁どったりしている。言葉に含まれる感情や心はひとつではないからだろう。
 ちなみに僕がジャケットを試着したとき、店員と妻の言葉の色はほとんど同じだった。気遣いのクリーム色に淡いラベンダーが絡みついているお世辞の色だ。 

「ありがとうございましたー!」

 会計を済ませた僕たちの背中にかかる声は、感謝のオレンジの中に安堵の淡い桜色が交じっている。少し肩を竦めて通路に出た際、すれ違った若い女性たちの会話が“見えた”。

「この間の合コン、レベル高かったよね〜」
「そうだね〜。かっこいい子たくさんいたよね」

 最初に話した女性は本気でそう思っている。興奮の金色の周りを真実の純白が縁どっているからだ。しかし、笑顔で同意を示した相手の女性は薄い紫色の言葉を吐き出していた。
 紫は嘘だ。つまり友人に話を合わせてはいるが、本心では「かっこいい子なんていなかった」と思っているわけだ。好みの違いだろうが、とりあえず諍いにならないようにと配慮したかわいい嘘だ。だから薄い紫で留まっている。 

 僕は目尻を下げるだけで笑んで、ショッピングモール内を闊歩する人々の色を眺めた。僕の目には数えきれない色が生まれては弾けるのを繰り返すのが延々と映っている。人が多く集まる場所では、色の奔流だと感じるほどだ。世界は色で満ちている。
 隣を歩く妻が「ねえ」と僕を見上げた。

「明日の夜ね、友だちに飲みに行こうって誘われてるの。行っていい?」
「飲み会? 先週もあったんじゃない?」
「先週はカラオケ。この間同窓会で久しぶりに会ったらみんなで盛り上がって、ちょくちょく遊ぼうって話になったの。行っていいでしょ?」
「友だちって女の子?」
「あたりまえじゃない」

 心外だというふうに妻は僕の背中を叩いた。僕は「そっか、ごめん」と笑う。妻がにこやかに微笑む。彼女はなんて自然に笑えるんだろう。僕は引きつっていたかもしれないのに。
 同窓会に参加したあと、妻の言葉は色を変えた。穏やかな柔らかい色が減り、冷たく尖った色が増えた。何より紫が……濃紺さまざまな“嘘の紫“が悲しくなるほど多くなった。

『友だちって女の子?』
『あたりまえじゃない』

 目を背けたくなるほど濃い紫をまとったその返事は、しばらく妻の肩口に残り僕を嘲笑うように揺れながら消えた。

「ねえ、行っていいよね?」
「うん……いいよ」
「ありがとう!」

 感謝のオレンジに、罪悪感の茶色い棘が刺さっている。けれど僕が見ているうちに棘だけがすっと消えた。そのうちにそれさえも最初からなくなるのだろう。
 妻の弾んだ足どりに合わせて彼女の菫色のスカートの裾が波打つ。来月の結婚記念日のディナーのためにと、さっき買ったジャケットが重くなったように感じた。

 世界は色で満ちている。世界は色で満ちている。知りたくもない色で満ちている。
 
 

 
―― 了 ――


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このストーリーに関するコメント

16/05/09 クナリ

ロマンチックなタイトルが、なんとも皮肉に響いてきます……。

16/05/12 j d sh n g y

複雑な人間心理がうまく描かれていると感じます。
実際向こうの世界では、すべてが透けて見えてしまうらしいですね。

16/05/23 宮下 倖

【クナリさま】
タイトルをつけるのが苦手な私には珍しく、この作品はまずタイトルありきでした。当初はもっと丸みのあるストーリーを考えていたのですが、数度書き直してもどうしてもこちらの方向へ向いてしまう。これはもう、こういう話になりたいんだろうと思い、書き切りました。
クナリさんのコメントを拝見して、これはこれでいいギャップになったのかも……と思います。
作品を読んでいただき、コメントを残してくださってありがとうございました!

【7016さま】
人間心理、描けていましたでしょうか? だとしたらとても嬉しいです!
言葉の本音が視覚的に捉えられたら怖いですね。生きていくのが辛そうです。でもだからこそ、掛け値なしの心からの優しさを見ることができたときは幸せを噛みしめられそうです。
すべてが透けて見えてしまう世界も怖い! 隠しておきたいこと山ほどあります!
作品を読んでいただき、コメントを残してくださってありがとうございました!

16/05/25 光石七

拝読しました。
「言葉の色」が見えるという設定にまず感嘆しました。
主人公は悲しいくらいに優しいのでしょうね。妻の言葉の色も見えてるのに……
ラストの一節は秀逸でした。
素晴らしかったです!

16/05/30 デヴォン黒桃

言葉の雰囲気に色付けをして行く設定が素敵ですね。
特に、罪悪感の茶色い棘が徐々に消えていく、嘘への慣れ、が背筋を寒くさせました。

16/06/05 宮下 倖

【光石七さま】
言葉や声には温度があるなあと常々思っていまして、それが視覚的に色づけされて見えたらどんなふうだろうというのが発想の発端でした。
主人公の優しさは傍から見れば気が弱いと感じるところかもしれません。でも自分が実際同じ立場になったなら……やはり見て見ぬふりでやり過ごそうとするかもなあとも思います。人の心は難しいですね。
作品を読んでいただき、コメントを残してくださりありがとうございました!

【デヴォン黒桃さま】
言葉に載せた感情の色を考えるのは楽しくもあり、また非常に難しいものでもありました。
万人に共通な意識はないのだから、自分のイメージで割り切ろうと思うまで少し時間が必要でした。
「罪悪感の茶色い棘」は書いていくうちに自然と浮かんだものですが、イメージしていただけてよかったなあと思います。嘘に対して罪悪感さえ抱かなくなったら……考えただけで怖いですね。
作品を読んでいただき、コメントまで残してくださりありがとうございました!

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