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Fujikiさん

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石垣くん、インドを旅する

16/05/09 コンテスト(テーマ):第109回時空モノガタリ文学賞 【 旅 】 コメント:0件 Fujiki 閲覧数:1149

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 石垣くんは黙ってさえいれば美男子だと思う。背は高く、顔の作りも整っている。彼の薄い茶色の虹彩は日光の下で金色に見える。本人は目の色を気にしているのか、外ではサングラスをかけることが多い。せっかくのきれいな瞳がもったいないと僕は言ったのだけど、聞く耳を持つ気配はないようだ。
 最初に知り合った場所は桜坂のゲイバー、彼はカウンターの端の席で壁に体を向けるように座っていた。マスターとは知り合いらしく親しげに喋っていたが、ワイシャツにチョッキを重ねた背中は他の客に対して「放っておいてほしい」というオーラを発していた。
 だからこそ僕は話しかけてみる気になったのだと思う。僕が探していたのは互いに分かり合える話し相手だったけれど、単にセックスの相手を求めてゲイバーに来る客も結構いる。すぐに深い関係になろうとする相手と話が噛み合わず、気まずい思いをしたこともある。不愛想に一人で飲んでいる石垣くんならそんな心配はないだろうと当たりをつけて、僕は彼の隣に座ったのである。
 連絡先を交換してからは互いの仕事が休みの土日に会うようになった。石垣くんは卒業した県内の大学にそのまま採用されて就職支援課で働いている。彼が窓口に立つようになって以来、相談に来る女子学生の数が急増したらしい。そんなことを一緒に夕食の支度をしながら得意顔で話す時の石垣くんは、かなり小憎らしい。大学以外の社会を知らない彼が社会人になる後輩に一丁前に助言する姿も、想像すると滑稽ですらある。
 大学が夏休みに入ると、石垣くんはまとまった有休を取って旅に出ると宣言した。目的地はインド。ラジニーシ和尚の遺志を継いだ瞑想リゾートでの五日間のセミナーに参加したいとのこと。休暇を合わせるのは難しそうだと僕が言うと、彼は平然とこう答えた。
「いや、一人で行こうと思ってる。心を清めるためには、余計な煩悩は置いていかないと」
「余計な煩悩って、僕のこと?」
「うん、まあそういうことも含むね」
「はあ? そもそも、なんで心なんか清めたいわけ? 少々汚れてたって構わないよ、僕としては」
「たとえ君が許しても、僕の美意識が納得しない」
 確かに彼の服や持ち物からは審美的なセンスが感じられる。部屋は白を基調に統一され、厳選されたおしゃれな家具が静かに存在を主張する。輸入雑貨の店や古着屋めぐりに付き合わされる時には丸一日潰れるのを覚悟しなければならない。でも今回のインドへの旅に関しては彼の美意識の問題ではなく、少し前に一緒にブルーレイで見たジュリア・ロバーツの映画の影響ではないかと僕はうすうす感じていた。あの映画を見てからというもの、エキゾチックなお香に始まりガネーシャの置物に至るまで南アジアの文化が着実に彼の部屋への侵略を続けていたからだ。
 現地に着くと、石垣くんは毎日フェイスブックを更新してせっせとインドの写真を投稿した。キングサイズのベッドや色鮮やかな菜食料理の写真を見る限り、ストイックな精神修行というよりはヴァカンスを満喫している感じである。プールサイドの自撮り写真には僕の名前のリンクを張り「二人で来たかったね!」というコメントを添えていた。僕は痛烈な皮肉のこもった返答を書き込もうと思ったが、考え直して「いいね」をクリックし、ブラウザを閉じた。
 島に帰ってきた石垣くんは、ハグもそこそこに金色の目を輝かせてインドの素晴らしさを力説し始めた。僕への土産はあえて買わなかったらしい。
「インドに行ったら価値観が一八〇度変わるって言うけど、あれは本当だった。これからは物への執着を断ってマインドフルに生きようと思う。心の平和を得るには、まず目の前のガラクタから解放されて身軽にならないと」
「僕もそのガラクタの一つ?」
「家具とかのこと。部屋に物が多すぎるんだよ」
 かくして大がかりな断捨離が始まった。一緒に見た映画のチケットの半券や二人で時間をかけて選んだ服が容赦なく捨てられていく。とりあえず近所のスーパーからもらってきた段ボール箱に不要な物を全部入れてもらって僕のワンルームのアパートに運んだ。石垣くんの箱はただでさえ狭い部屋を堂々と占拠し、もはや足を伸ばして寝る余裕すらない。彼が頭を冷やした頃に少しずつ戻す予定である。
 相当な量の物を運び出した石垣くんの部屋はがらんどう同然になった。居間のソファに並んで腰かけて本を読んでいても、見知らぬ部屋にいるような感覚に陥る。彼はそんなことを気にする様子もなく、僕の膝を勝手に枕代わりにして寝息を立てている。時おりぐりぐりと動くまぶたや無防備に開いた口、そして上を向いた鼻の穴の中に見え隠れする鼻毛には、第一印象の近寄りがたいクールさは微塵も感じられない。たぶん明日は膝の痺れと睡眠不足で仕事にならないだろうとは思ったが、僕は手の中の文庫本を静かに読み進めるほかなかった。


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