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泡沫恋歌さん

泡沫恋歌(うたかた れんか)と申します。

性別 女性
将来の夢 いろいろ有りますが、声優ソムリエになりたいかも。
座右の銘 楽しんで創作をすること。

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南京虫

12/09/10 コンテスト(テーマ):【 時計 】 コメント:15件 泡沫恋歌 閲覧数:9993

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「女物の小さな時計のことを昔は南京虫って言ったんだよ」
 ふいに、おばあちゃんの声が耳の中に響いた。
 半年前に亡くなった祖母の遺品整理をしていた時だ。和箪笥の中からたとう紙を引っ張り出しら、コトリと何かが落ちた。見ると、布佐に包まれた小さな婦人用の時計が入っていた。
 その時、おばあちゃんの声が耳の中でした。

 私はおばあちゃんっ子だった。両親が共働きだったので小さい時から私の面倒はおばあちゃんがみてくれた。ふいに口を突いて出てくる童謡も、他所の家に行ったら玄関で必ず靴を揃えてから上がるのも、祖母から教えられたことだった。
 母に叱られて拗ねていると「おばあちゃんも一緒に謝ってあげるから、千尋もママにごめんなさいって言うんだよ」そう言って母に取りなしてくれる。いつも笑顔を絶やさない優しいおばあちゃんだった。その時計を見つけて涙がまた溢れてきた。――これは形見に私が貰おう。

 時計は壊れていてネジを巻いても動かなかった。近所の時計屋に持って行ったら「こんな古い時計はうちでは修理できない」と断られてしまった。ゼンマイや古い部品がないらしい。どこか修理してくれる所はないかと尋ねたら「芦田時計店のご主人なら古い時計が直せるかも知れない」と言われた。
 さっそく、教えて貰った住所を頼りに「芦田時計店」へ向かう。そこは車で二時間くらいの距離だった。

 洒落た煉瓦作りのレトロな時計屋さんで、ショーウインドウにはアンティーク時計ばかり飾られていた。店内に入ると、カウンターの奥でおじいさんが一人、眼にルーペを付けて時計の修理をしていた。
「いらっしゃい」
 私に気付いたおじいさんが気さくな笑顔で迎えてくれた。
「あのう、この時計を修理して欲しいんです」
「おや、南京虫じゃないか? 戦前に流行った婦人用の腕時計のことだよ。若いお嬢さんが持っているのは珍しいね」
「これは祖母の形見なんです」
「そうかい、だったら直してあげようね。ひとつだけ部品が残っている、それでお終いだよ……」
「お願いします!」
「千鶴さんのお孫さんのお願いだからね」
 そう言って、おじいさんがニヤリと笑った。
「えっ? どうしておばあちゃんの名前を知っているんですか!?」
「60年前にこの時計を千鶴さんに贈ったのは、この私だからだよ」
「本当ですか?」
「戦前の話だよ。千鶴さんとは同じ町の出身でね。幼馴染だったが、大人になって千鶴さんをお嫁さんに欲しいと思っていたんだ。だけど、昔のことだから家柄が合わないと千鶴さんの親に縁談を断わられてしまってね。その内、私に赤紙がきて出征することになったんだ。その時、千鶴さんに南京虫を渡した。戦地から生きて帰れたら……きっと迎えに行くからと……」
「――そうなんですか」
 初めて入った時計屋さんで、おばあちゃんの若い頃の話を聴かされるとは思ってもみなかった。ただ茫然とするばかり……。
「私はシベリアに抑留されて……ようやく日本に帰ってきたら、千鶴さんは嫁にいっとった。あはは……」
「す、すみません」
「いやいや、恨んではおらんよ。当時の娘は親の決めた相手としか結婚できない時代じゃった。今みたいに自由恋愛など無理だった」
 祖母も見合い結婚で昔の人はそうなんだと思っていた。修理を頼んでお店を出ようとすると、
「あんたは若い頃の千鶴さんにそっくりじゃった!」
 おじいさんが嬉しそうに笑っていた。

 一週間後「芦田時計店」に修理を取りに行ったら、扉に「喪中」の紙が貼ってある。不幸があったみたいだし帰ろうかと迷っていたら、ふいに扉が開いて人が出て来た。若い男性だったが、扉の前に人が立っていたので驚いたようで、
「あ、すみません」
「いえ、こちらこそ」
「何かご用でしょうか?」
 男性は扉の「喪中」の紙を剥がしていた。
「修理の時計を取りに来ました。……あのう、誰が亡くなられたのですか?」
「祖父です。3日前、朝になっても起きて来ないので様子を見に行ったら眠るように亡くなっていました」
「あんなにお元気そうだったのに……」
「前の晩に変なことを言っていたんです《逢いたい人に会えたからもう満足だ》そう言って寝た。翌朝に死んでいました」
 おじいさんは、千鶴さんの時計にあえたのが嬉しかったのかな? 
 私を店内に招き入れて修理済みの時計を渡してくれた。腕に付けてリューズを巻くとおばあちゃんの南京虫が動き始めた。
 ふと見ると、若い男性の腕にも古い時計があった。
「その時計は……?」
「祖父の形見です。戦前に買ったものらしいのですが、大事にしていたので僕が貰いました。僕にとって良い祖父でした」
「私のおばあちゃんも優しい人でした」
 初めて二人はまじまじと相手の顔を見た。その時、私の南京虫と彼の時計が新たな運命の時を刻み始めるのを予感した――。


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このストーリーに関するコメント

12/09/10 泡沫恋歌

ポートレート001
http://blog.goo.ne.jp/alugamama/e/94624d20ccc88a77622969a078e8e9f0
女性の写真をお借りしました。

撮影年不明。
                      
今の写真のようにも見えますが、腕時計が違います。戦前に流行った「南京虫」と呼ばれた時計ですね。これはちょっと大きめです。主流はもっと小さい時計でした。当時の若い女性はみんな持っていたと言っても過言でないくらい流行りました。
髪は少しパーマがかかっているでしょうか? 大正期に始まったパーマも戦時中は贅沢だということで大部分の女性はパーマをかけることはありませんでしたが、全くないわけではないようです。
この写真は戦後のようにも見えますが、アルバムの様子からすると昭和10年代ではないかと推察しました。

                      ― ブログより ―

12/09/10 そらの珊瑚

恋歌さん、拝読しました。

「南京虫」という呼び名は初めて知りましたが、今の流行りではないけれど、エレガントな佇まいが私は好きです。
おばあちゃんのロマンスは悲しいかな、実らなかったけれど、「南京虫」によって、また新たなロマンスが始まるなんてとっても素敵な物語ですね!

12/09/10 泡沫恋歌

珊瑚さん、コメントありがとうございます。

「南京虫」という言い方は。亡くなった母から聴いていました。
【 時計 】がテーマと聞いた時から、南京虫の話を書きたいと思っていました。

戦前の日本女性のお洒落だった「南京虫」その言葉が可愛く思えます(笑)

12/09/10 ryonakaya

南京虫、母の形見として大切に保管してあります。時計屋さんの隣で生まれた私は、子供の頃から、その御宅のお店で時計油の匂いの中にいることが多かったように記憶しております。時計屋さんは温厚な方が多いですよ。今では息子さんがお店を継いでいらっしゃいます。
物語って、このように多くの方の心を配慮した作品が良いと思います。細部の表現、文法など、出版の際に編集作業で真っ直ぐにできますからね。
客観的にみて、良いストーリーだと思います。

12/09/10 ドーナツ

拝読しました。
時計が結ぶ人の縁、いいですね。暖かさの中にしんみりさも加わって、味わい深い作品です。

じつは私もおばあちゃんこでした。


南京虫を修理してくれたおじいちゃんは、なくなる前に千鶴さんの時計を修理したというのも不思議なめぐり合わせです。
とてもロマンチックです。

「運命の時を、、」と最後に書いてあるように、この作品から「運命」感じます。

12/09/10 泡沫恋歌

ryonakayaさん、コメントありがとうございます。

南京虫の話には少し母の思い出も入っています。
戦時中に母は満州で父に南京虫を買って貰ったらしいのですが、引き揚げる時に、中国人から食べ物を買うために売ってしまったらしいのです。
とても、その南京虫を惜しがっていたのを覚えています。

今と違って、時計は高級品でしたからね。
昭和の香りのするお話でした。

12/09/10 泡沫恋歌

ドーナツさん、コメントありがとうございます。

ひとつの南京虫と呼ばれる、古い婦人用の時計が結ぶ縁です。

おばあさんとおじいさんは結ばれなかったけれど、新たにその時計を腕にした孫同士が結ばれるかも知れないと言う予感を残して終わりました。

この作品はいずれ加筆して短編くらいの長さの小説にしたいと思っています。

12/09/10 草愛やし美

泡沫恋歌さん拝読しました。
私の母も南京虫を大事にしていました。何度も生活のため質屋さんに嫁入りしたけれども、出戻ってきたそうです。(笑)
その時計だけは流さないように苦労したといつも話してくれました。誰に買って貰ったのかやいつから持っているのか、ちゃんと聞いておかなかったことを今頃後悔しています。亡くなって13年になりますが、母の遺産と呼べるものはそれだけでした。その時計は生前母が一番可愛がった孫に、形見わけとして渡しました。母も喜んでくれると思ったからです。懐かしい南京虫のこと思いだしました。ほっとする暖かいお話だと思います。

12/09/11 泡沫恋歌

草藍さん、コメントありがとうございます。

この南京虫の話を書いたら、結構、私たちくらいの年代の人が
お母さんが南京虫を持っていたと食い付いてくれました。

草藍さんのお母さんは最後まで南京虫を手放さなくて良かったですね。
これは貴重な形見になりますよ。

それから、南京虫は虫じゃなくて、婦人用の時計のことだと言うことを
これを読んだ若い人たちにも覚えて欲しいですね(笑)

12/09/14 メラ

こんにちは。拝読しました。南京虫ですか?変な病気を想像してしまいましたが、時計ですか。
 いい展開ですね。最後のオチも上手くまとめてあって、読みやすかったです。

12/09/18 泡沫恋歌

メラさん、コメントありがとうございます。

「南京虫」なんて言葉が時計に使われてたことを知ってるのは
たぶん、親が戦前生まれの人だと思うよ。

昔のネジ巻き式の腕時計はゼンマイやリューズが切れたりするし
年に一度の割に時計屋さんで分解掃除して貰わないと
止まってしまうという、厄介な代物です。

だけど、そういう古い時計に私はロマンを感じます(笑)

12/09/19 鮎風 遊

ほのぼのと良い物語ですね。

人は繋がり、また新たな時を刻む。

短いが、話題が豊富で、終わり方が素晴らしかったです。

12/09/22 郷田三郎

読ませて頂きました。
南京虫ってなんかカユイ虫のイメージがあるけど、そういう使い方もあるのですね。
祖母の形見がとりもつロマンスですか。
この後は若い彼が時計のメンテナンスを請け負うのでしょうか。

12/09/23 泡沫恋歌

鮎風さん、コメントありがとうございます。

祖母の型見が取り持つ縁で、もしかしたら、この若いふたりの時計が共に時を刻み始めるかも知れない。

そんな時空を越えたロマンを書いてみたかったのです。

オチは自分でもちょっと気に入っています(笑)

12/09/23 泡沫恋歌

郷田さん、コメントありがとうございます。

戦前は女性物の小さな時計をなぜか「南京虫」と呼んだようです。
私は母からその呼び名を聴きました。

「時計 南京虫」で検索するとちゃんと時計が出て来ます。
「南京虫」だけだと、気持ち悪い虫の画像ばかり(笑)

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