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W・アーム・スープレックスさん

性別 男性
将来の夢
座右の銘 作者はつねにぶっきらぼう

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甘夏太郎

16/05/03 コンテスト(テーマ):第108回 時空モノガタリ文学賞 【 甘夏 】 コメント:0件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:894

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出だしはちょっと『桃太郎』に似ているかもしれない。
ただし、川を流れてきたのは桃ではなく、甘夏だった。お爺さんが流れに膝までつかってその甘夏を手にとったのは、他意はなく、ただ食べたいと思ったからにほかならない。
お爺さんは、肩に背負った山菜が盛られたカゴにその甘夏を放りこむと、麓の家にむかった。
「かえったよ」
お婆さんは部屋で腹筋を鍛えていた。なにをやってもながつづきしないわりには、なんにでも手をださずにはいられない性格のお婆さんは、通販で宣伝する健康器具をみると衝動的に買い込んで、おかげで部屋のすみには、これまで試みてはやめた器具がたくさん並べられて埃をかぶっていた。
お婆さんは、タオルで汗を拭きながらお爺さんを迎えた。
「あら、それは」
「甘夏だよ。川を流れてきたといっても、信じないだろうな」
お婆さんは、うふふと含み笑いをもらして、
「もしそれから子供があらわれたら、甘夏太郎ということね」
孫がいてもおかしく二人だが、あいにく子供はいなかった。ふだんは何もいわないお婆さんだが、いまのようにふとしたときに子供につなげるその心根にふれると、お爺さんもまたしんみりした気持ちをおぼえるのだった。
「ほんとに、そうなったらいいのにね」
お爺さん同様、初夏のさわやかさをぎゅっと濃縮したかのようなその照り輝く甘夏のいろあいに、お婆さんもすっかり魅了されたようだった。
お爺さんは、テーブルの上で、甘夏の皮に指をつきいれた。武術歴三十年の現役で、片手でリンゴをつぶせるほどの握力のまえに、たちまち甘夏は皮をはがされていった。
「あっ」
二人は同時に声をあげた。
むきおえた甘夏の皮のなかから、男の子が元気いっぱい、すっくとたちあがったとおもうと、なにをするのか、いきなりあたりかまわずジャーッとオシッコをしはじめた。澱みのないオレンジ色の液体が、柑橘系特有の甘酸っぱい香りを発散させながら、甘夏の皮のうえからテーブル上にひろがっていった。
「お爺さん、なにをするのです」
いきなりお爺さんがテーブルにつっぷすなり、オシッコの飛沫をもろに白髪頭にあびながら、テーブルに口をおしつけ、ながれひろがる液体をずーずーと、すいこみだしたのをみて、お婆さんは血相をかえた。
「うまい。お婆さんものんでみなさい。これこそ、純粋まざりっけなしの百パーセントジュースだ」
長年連れ添ったお爺さんの言葉を、疑うわけではなかったが、お婆さんのDNAには、オシッコを飲むという遺伝子はあいにく刻みこまれていなかった。こうみえても名門の出身。お婆さんの顔をとりまく一本一本の皺には、その誇りがありありとにじみでていた。
おもえばそれこそ、そんなものかけらもないお爺さんをひそかにくるしめ、苛んできた、鼻持ちならないお婆さんの優越感にほかならなかった。そしてお爺さんはいまここにきて、むしょうにお婆さんのそのねじれた誇りを粉砕してやりたい衝動にかられた。
「わしがのんでいるものが、のめないというのか」
いうなりお爺さんは、お婆さんの頭をわしづかみにして、その顔をオシッコのうえにおしつけようするのを、お婆さんがけん命にこらえているとき、やにわに甘夏太郎がお爺さんめがけてとびあがった。甘夏太郎の鬼退治がはじまるかとおもいきや、なにせ武術歴三十年の強者相手では分が悪く、たちまち首根っこをつかまれて、なおもぎゅうぎゅうと締めつけられた。
「お爺さん、お爺さん」
とめようとするお婆さんをつきとばした爺さんは、甘夏太郎を床に力いっぱいおしつけ、逆上に血走る目を赤々と見開いた。
そのとき、玄関のドアが音をたててひらき、警官がふたり、土足であがりこんできた。
「近所から、子供を虐待しているとの通報がありました。ただちにその手をおはなしください」
ハッと我にかえったお爺さんは、その場に茫然とたちつくした。警官は、お爺さんの足元にころがる、皮をむいた甘夏をみて、不審げに周囲を見回した。
「子供はどこに」
「なにかのおまちがいじゃありませんの」
お婆さんのとりなしに、訝りながらも警官たちが帰っていったのは、それからしばらくしてからのことだった。
お爺さんとお婆さんは、テーブルに向かい合って静かに、さっきの甘夏をたべはじめた。
「本当においしい甘夏だこと」
お爺さんは、まるでなにごともなかったかのように甘夏を味わうお婆さんをみて、子供がいたらいたで、大変だったろうなと、さきほどの騒動をふりかえりながら考えていた。
「婆さんや、この甘夏をたべて、わしから甘夏のオシッコがでたら、のんでくれるかい」
「まあ、なにをおっしゃるの、お爺さん………でも、若いときのころをおもいだせば、
そんなの、ちょろいですわね」
このときばかりはお婆さんも、名門意識をすっかりかなぐりすてた風に、なにやら仔細ありげにお爺さんを見返した。


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