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Fujikiさん

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ラップ男

16/05/01 コンテスト(テーマ):第107回 時空モノガタリ文学賞 【 色彩 】 コメント:0件 Fujiki 閲覧数:770

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 五月のある晴れた午後、近所の公園の溜め池でスケッチをしていたらラップ男に出会った。ラップ男は常にラップを口ずさんでいるので一目ですぐに分かる。私は鉛筆を持った手を休め、通りすがりの人々に歌いかけるラップ男を観察した。色褪せた虹色のTシャツを着た彼は、ひょろ長い体格をしていて周りより頭一つ抜きん出て見える。日に焼けた顔は年齢が分かりにくいが、少なくとも三十は越えているだろう。
「……惰性で生きてくなんてだせぇ。はじけて自分のcolorを出せ。殻を破って一気呵成。勢い余って旭化成。Hey yo!」
「ママ、あの人なーに?」と、ラップ男を指差して幼児が母親に訊いた。
「見ちゃダメ! 知らんぷりしてなさい」
「うわっ、いい歳して中二病かよ。ヘイヨーとか、めっちゃださいんですけど」と、市内の中学校のジャージを着た少女が連れの友人に言い、ゲラゲラと笑いながら歩き去った。
 ラップ男は周囲から注がれる冷たい視線など一向に気にしていない様子である。満面の笑みを浮かべながら、まるでファン・サーヴィスに心を砕くスターのように一人一人に対して愛想良く振舞っている。彼が溜め池に近づいてきたのを見て、次は私の番かと息を呑んだ。
「Yo! そこの兄さん、物見遊山? Youのデッサン、プロも真っ青!」
 絵画で食べていけているわけではないので確かに厳密にはプロではないものの、県立芸大を卒業して以来十年近く絵を描き続けている。でも、自分のことは黙っておくことにした。
「ありがとう。ラップ男さんはどこから来たの?」
「俺の家ない。だけど辛くない。星空満天nightで気分爽快」
「じゃあ、いろいろ大変だね。生活とか苦しいんじゃない? ラップはお金になりそうもないし……」
「人の真似して稼ぐmoney。個性殺して守るコネ。いつの間にやら自分がねぇ。自己韜晦の重ね重ね」
「でも言いたくはないけど、ラップって全部同じに聞こえるんだよね。個性を求めて逆に没個性に陥ってるんじゃない?」私はいつの間にか自分が初対面の人間に対して丁寧語すら使わず、随分ぶしつけな質問までしていることに気がついた。
「Rapのrhymeは神の贈り物。Monotone脱して見える本物。語彙も文法も意味も修辞も、ずらせば世界が違って見えるもん」
「見えるもんってなんか乙女チックだな」
 この日以来、私は公園に来る度に水辺に腰を下ろしてラップ男と話をするようになった。一度似顔絵を描こうとしたこともあるが、ラップ男は絶え間なくリズムを刻んで体を動かしているためうまくいかなかった。その代わり、私は彼に韻文の歴史について語った。文明が文章という記録手段を持たなかった時代、韻を踏むことによる暗誦は創世の物語を記憶して語り継ぐために必要不可欠な手段だった。そのためギリシア神話や北欧神話では韻文を司る神が存在する。私は『イリアス』の冒頭でホメロスが霊感を得るために詩神を召喚する場面を例に挙げた。
「叙事詩の神様にthanks for韻文。羞恥心と体裁捨て晒す陰部。いんぶビーチでやったよ全裸live。警官来たから海中へdive」と、ラップ男は言った。恩納村のいんぶビーチは漫湖公園の写生大会と並んで内地の人々を無駄にどぎまぎさせるフレーズとして地元では有名である。ラップ男なら全裸ライヴくらい本当にやりかねない。彼の奔放さを法律程度で抑え込むことは、まず無理であろう。
 私は市内の小さな出版社で事務職のアルバイトを始めた。社長はしばらく様子を見て問題がなければ正社員への登用も考えてくれると言ってくれた。絵を描く時間は終業後と週末に確保できるが、今のところは新しい仕事を覚えるのに手一杯で、帰るとひたすらテレビを見て過ごすだけの毎日が続いている。以前は時々あった公募展への入選も最近はなくなってきていたし、絵描きとしてはそろそろ潮時なのかもしれない。そもそも才能があったかどうかすら怪しいものである。
 ある週末、私は久しぶりに公園に足を運んだ。一応スケッチブックは持参したものの、絵よりもラップ男に会うことが目的である。もう公園にスケッチに来ることもないから、彼に近況を報告して別れを告げなければならない。だが、いつもの水辺でいくら待ってもラップ男は現れなかった。無数の鯉で揺れる水面は傾き始めた太陽を反射して輝き、草の上をシギのつがいが歩いていた。そよ風が草花を揺らしていた。
 数日後、ラップ男が暴漢に襲われて死んだという短い記事が新聞に載った。一晩中面白半分にいたぶられ続けたあげく公園の溜め池で溺死させられたという。ネットにも記事が出たが、人々の反応は冷ややかだった。オフィスのパソコンの前に座っていた私はいつしか膝でリズムを取り、ラップ男の言葉を口ずさんでいた。惰性で生きてくなんてだせぇ。はじけて自分のcolorを出せ……。


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