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クナリさん

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将来の夢 絵本作家
座右の銘 明日の自分がきっとがんばる。

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トワイライト甘夏ストローラ

16/04/30 コンテスト(テーマ):第108回 時空モノガタリ文学賞 【 甘夏 】 コメント:9件 クナリ 閲覧数:1455

時空モノガタリからの選評

奇想天外で不条理な設定を違和感なく楽しく読ませてしまうところ、やはり巧いと思いました。甘夏であることを生かした細部の作り込みに加え、どこか沈着冷静な主人公の語り口が妙におかしく面白いですね。
 甘夏の魅力を描きつつ、人間の存在価値をも考えさせるようなところもうまいですし、一本筋が通った印象を与えていると思います。いろいろな要素が絡み合い相乗的な効果が生まれているのではないでしょうか。また背景としては心痛むものにもかかわらず、さわやかな読後感も残るラストも良かったですね。

時空モノガタリK

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 甘夏を皮ごと食べきると変身ができることは、あまり知られていない。
 何に変身できるかというと、甘夏である。
 そういうわけで、うっかり丸ごと食べてしまった私は、高一にして、甘夏となって自宅の台所のテーブルに鎮座している。
 母親が出て行ってから五年近く経つ台所を、甘夏になった状態で見回す。どこも汚い。床はべとついているし、戸棚は割れている。全体的に薄暗く、生臭い匂いが染みついている。廃墟一歩手前のような状態だ。
 母がいた頃はきれいだったかというとそんなことはなく、むしろ今のほうがましかもしれない。シラフなら、割とまともな人だったのだが。
 夕暮れの台所は、不気味なほど静かで、ただ冷蔵庫のうなる声だけが小さく響いている。
 いつもの暮らしからは考えられないくらい、穏やかな時間が流れていた。いっそこのまま、一生甘夏でいようか。
 甘夏はいい。そのまま食べるのはもちろん、ジュースやジャム、お菓子にしても美味しい。私の爪でも剥ける程度に、皮が柔らかいのも有り難い。
 甘夏は、初夏の訪れを告げるとともに、その爽やかな香りと鮮やかな味で人々の心を上向かせる。
 私には、そんなことは出来ない。家でも教室でも、ただ黙って座っているだけだ。友達はいない。いじめられないだけ助かるが、それくらい存在感がない。学校へ行く価値があるのかすら怪しい、置物同然の存在。
 枝からもいだ甘夏を置いておくのと、あまり変わらない。甘夏には私の代わりが出来るが、私は甘夏の代わりは出来ないのだ。なかなか切ない話だった。
 そこへ、中二の妹が帰ってきた。帰宅部の私のほうが、文字通りいつも先に帰宅している。
「お姉ちゃん、いないの?」
 残念ながら、お姉ちゃんは今、甘夏になっている。
 しばらくきょろきょろとしていた妹が、次第に顔を青ざめさせた。
「お姉ちゃん! やだ! どこ!?」
 私たちはそれなりに仲のいい姉妹だが、たかだか家にいないだけで(いるんだけど)、こんなに騒いでくれるというのは意外だった。
 しかし私は、妹が家中を走り回って私を探すのを見て、ようやく気づいた。なぜ、妹があんなにも取り乱しているのか。
 妹は、私も母と同じように突然この家を出て行ったと思っているのだ。
 その時、奥の部屋のふすまが開いた。中から、のっそりと熊のような男が出てくる。熊というのは体格ではなくて、全身の体毛を伸ばし放題に伸ばし、肌も垢まみれで黒ずんでいるからそう見える。
 これが、父だった。
 父が現れたのを見た妹の足が、ぴたりと止まる。歯がガチガチと鳴り、足が震えていた。
「家の中で騒ぐなと、何度言ったら分かる」
「ご、……めんなさ、……」
 以前同じことを父に言われた時、私は頑張って「一日中寝てないで、起きて仕事したらいいじゃない」と言い返した。
 その直後、右手の中指を手の甲につくまでそり返され、泣きながら謝らされた屈辱は、今も忘れられない。
 父が、右手を振り上げた。いけない。妹が危ない。
 甘夏で変身ができることと同じくらい、甘夏が人間より強いこともまた、意外に一般には知られていない。
 私は甘夏であることを活かして、甘夏キック、甘夏サバ折り、甘夏アキレス腱固めの連続技で父を散々に打ちのめした。
 この、卑劣なカスめ。
 お前が、美味しく食べられるか。ビタミンCを供与できるか。爽やかに初夏の季節感を演出し、夏の訪れを告げられるか。
 甘夏一個よりも遥か劣る価値しかない、私と同じくらいの役立たず。なのに、子供など作りやがったクズ。
 よくも、私なんかを作りくさってくれたな。よりにもよってお前の子供として生誕した恨み、思い知るがいい。
 いつしか、私は果汁の涙を流していた。
 甘夏が人間に遅れをとるわけもなく、父は気絶してのびてしまった。
 再びテーブルに戻った私を、妹が両手でそっと包んだ。
「お姉ちゃん……?」
 端から見ればさぞかしシュールな光景だったろうが、いけんせん実際甘夏なので仕方がない。
「甘夏になんてなって、何してるのよ。早く元に戻ってよう」
 ごもっともなのだが、甘夏に変身する方法が一般的に知られていないのと同じように、元に戻る方法も滅多に知られていない。もちろん、私は知らない。
 それを甘夏なりに身振り手振りで表現すると、妹は
「もう、ばか」
とまた泣き出してしまった。
 まあ、ゆっくり落ち着いて、変身を解く方法を探そうじゃないか。
 なに、甘夏にこともあろうに関節技を決められた父親が昏倒してる横で、そんな気にはなれない?
 じゃあ、外へ出かけよう。まだ夕方は続いているし、夜になっても構わない。
 気分が落ち込んでいるのなら、私をひと房、食べてごらん。バランスのいい甘味と酸味で、きっといい気持ちになれるから。

 いや、まあ、お手柔らかに頼むけどさ。


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このストーリーに関するコメント

16/04/30 泉 鳴巳

拝読致しました。
シュール過ぎる世界観とシリアスなストーリーにどうにかなりそうです。
わたしも甘夏を皮ごと丸ごと食べてみようと思います(私が消えたら甘夏になったと思って下さい)。

16/05/03 あずみの白馬

拝読させていただきました。
あえて分類すると「ダークファンタジー」だと思いますが、それだけでは語りきれないものを感じました。
甘夏に変身するだけでもシュールなのに、その後の虐待描写と、甘夏の方が人間より強いと言うまさかの展開。
作者さんの発想に驚きの連続でした。

16/05/03 クナリ

泉 鳴巳さん>
もはや、一切の説明なしに突っ走ってみせるべし…という一念で書いてみました(^^;)。
そっ、それでは今後泉さんの投稿やツイートが途絶えたら、もしや…!?
コメント、ありがとうございます!

あずみの白馬さん>
もともとファンタジーって苦手なのですが、こういう「ちょっと変な話」はむしろ得手なのかもしれないと最近思います。
当たり前のように言い切ることで作品を成立させるというやり方も好きですし。
発想をいかにストーリー構成に組み込むのかというのは変な話を思いついた時にいつも心がけるのですが、うまくいっていれば嬉しいです。


16/05/03 キャプリス

拝読しました。
私好みのお話でした。
甘夏の身振り手振りがどんなものか知りたいです。(^0^)

16/05/06 クナリ

キャプリスさん>
「絵になるわけじゃないんだし、好き放題書いちゃうべしッ」と思って身振り手振りに関節技まで放って頂きましたーッ。
気に入って頂ければ嬉しいです!
コメント、ありがとうございました!

海月漂さん>
おお、母親は伏線でもなんでもありませんでした…ッ。
うまくからめられれば良かったのですが、当方の筆では作中に入れ込めずというかそれ以前に発想もできませなんだ…!
元々が変な話で陰鬱とした部分もあるので、少しでも読みやすくなるよう主人公のさばけた口調は意識していました。
コメント、ありがとうございました!

16/06/09 光石七

いきなりシュールな冒頭に度肝を抜かれ、シリアスな背景と展開に胸を痛め、でも甘夏キックに甘夏サバ折り、甘夏アキレス腱固めって……?(笑)
発想といい、話運びといい、絶妙な空気感といい、ただただ脱帽です。
私も甘夏になろうかなあ…… 先に元に戻る方法を調べておかなきゃ。
面白かったです!

16/06/11 そらの珊瑚

クナリさん、拝読しました。
甘夏を丸ごと食べるとなると、問題は白いワタですかね。苦いですから。
姉が甘夏になったことを見破った妹さん、カン鋭いですね。
二人が手(?)をとりあうシュールな光景が、なんだかほほえましく思えてきたから不思議です。

16/06/11 クナリ

光石七さん>
もう色々な突っ込みを入れていただきながら読んでもらいたいと思いながら書きました。
登場人物が当たり前のように進めていくストーリーを、共感しにくいはずの読み手様に伝わるように腐心したつもりです。
なので、お言葉とても嬉しいです。ありがとうございます!

そらの珊瑚さん>
そう、やろうと思えば誰でも今日にでもできることを、誰もやらないところに盲点というのはあるのです……!(大馬鹿者)
登場人物たちの進行での世界観作りというのを試してみたのですが、いかがでしょうか。
変な話ですが、楽しんでいただければ嬉しいです!

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