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W・アーム・スープレックスさん

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将来の夢
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夏みかん時代

16/04/26 コンテスト(テーマ):第108回 時空モノガタリ文学賞 【 甘夏 】 コメント:0件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:1062

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青果店の店先にまだ、夏みかんが置かれていた時代のことだった。
地球にはじめて訪れたアモンとルモンの二人のズモン人は、不思議な体験をした。
大気も、水も、気候も申し分のないこの惑星に飛来したズモン人たちは、不可視光線につつまれた宇宙船内から望む比類のない美しさにみちた地球がすっかり気にいった。自分たちの惑星からわずか73光年しか離れてないのにも喜んだ。なにより平和を好むズモン人だった。侵略とか、支配とか、そんなものが目的でわざわざ恒星間を宇宙船で飛行してきたわけではない。地球風にいえば、風光明媚な観光地に物見遊山にやってきたかれらが、この太陽系第3惑星の発見に欣喜雀躍したのはいうまでもなかった。
とはいえ、数多の惑星を訪問してきた経験豊富なズモン人たちのこと、はじめて踏み出す惑星への警戒は怠りなかった。
透明スーツに身をまとったアモンとルモンは、この地上の人間たちの肉眼ではとらえられないのをいいことに、できるかぎり、人口密集地帯を選んで、生態調査に乗り出すことにした。
「ここは、下町と呼ばれているそうよ」
ルモンが得意そうに、事前の学習成果をひけらかした。
下町の意味こそわからないもののアモンは、せまいところにごたごたと立ち並ぶ家屋の、どの家の窓もオープンになっているのをみて、その雰囲気を感じとることができた。
「それにしてもどの顔も、妙にまのびしてみえるのは、どうしてだろう」
ルモンもまたさっきから、窓からのぞく人々の、いやにのっぺりした眠たげな顔に気づいていた。
「あれは」
突然アモンの声が緊張した。彼の視線をたどったルモンもまた、あ然と目をみひらいた。
窓の中には、眉間に縦皺をよせ、さらに頬をしかめて唇をつきだした親子らしい三人の顔がのぞいていた。その顔はまさしく、我々ズモン人の風貌だった。
「………もしかしたら昔、私たちの祖先が、この惑星を訪れたんじゃないかしら」
恒星間旅行にでた最初の人々が他の惑星に住み着いたという話はいまではズモンの伝説となっていた。
「あの窓の人々が、その祖先たちの子孫だと」
「だってかれらの顔はまぎれもなく、ズモン人そのものなんですもの」
「話しかけてみようか」
自分たちとおなじ表情の地球人に、すつかり心を開いてアモンが、かれらのところに歩みよろうとするのを、うしろからルモンが、
「見えないわよ」
「うっかりしていた」
アモンは、透明スーツのスィッチを切った。
だしぬけに目の前に出現した奇妙な姿の二人をみて、家のなかの人々は、腰をぬかさんばかりに驚いた。たちまちあたりから大勢の人々が集まってきた。そのなかには警官もまじっていて、アモンがいそいで透明スーツのスィッチをオンにするのが遅れていたらいまごろ、どうなっていたかわからなかった。
二人が宇宙船にもどると、リサーチにでていた他の調査員たちもまた、似たような体験をしていたことがわかった。きけば、あんのじょう、ズモン人の顔をした人間たちを見てすっかり親近感を抱き、姿をあらわしたとたん、大騒動がおこったあげく、あわてふためいて退散してきたらしい。
「ほんとうに、我々とおなじ顔つきだったんだ」
調査員たちは口をそろえてそういった。
かれらがたずねた一帯をあらためて仔細に調べた連中がもどってきて、結果を報告した。
「ズモン人の顔をした地球人はみな、そのとき夏みかんをたべていたことがわかりました。柑橘系の果物で、とても酸っぱくて、たべると誰も、あんな渋面になるそうで、我々の顔と酷似するのは偶然の一致です」
「どうしてそんな酸っぱいものをたべるんだ」
みんなの疑問を代表してアモンがたずねた。
「好みの問題でしょう」
「夏みかんをたべているかれらをみると、我々の警戒心が薄れてしまうとあっては、問題だな」
「どうしたものだろう」
「要するに、夏みかんをたべなければいいんだよ」
「いい案があるか」
「我々の秀でた科学力のまえには、不可能なんてないさ」
すでに、夏みかんの分析は終えていて、甘味をアップさせるべく樹に人工的な刺激をあたえて突然変異を起こさせることが可能だということも、いまの発言者はつけくわえた。
それをきいたズモンの人間たちはみな一様に、誇らかそうに胸を張った。
青果店の店先に、甘夏が姿をみせだしたのは、それからまもなくのことだった。
ズモン人たちはその後も、たびたび地球に観光におとずれるようになった。甘夏が普及し、もう酸っぱさで顔をひきつらせる者もいなくなった街中に、かれらも安心してでかけていけるようになった。いつかはきっと、みんなのまえに堂々と生身の姿をあらわすこともできるようになるだろう。
かれらは当時のことを『夏みかん時代』と呼び、その言葉を口にするときは、それでなくても酸っぱそうな顔を、ことさらしかめてみせるのが通例になっていた。


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