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サトースズキさん

性別 男性
将来の夢 社会復帰
座右の銘 ニートは毎日が休日? ちがうね。毎日が夏休み最終日なんだ。 もちろん、やるべきことは何ひとつ終わってない

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ラウンド7、カウント6

12/09/08 コンテスト(テーマ):第十三回 時空モノガタリ文学賞【 格闘技 】 コメント:0件 サトースズキ 閲覧数:1435

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「男はありもしない誇りだとか夢だとかにこだわる奴が多い。なんでだと思う?俺にはさっぱり見当もつかない。男の世界なんてもんは俺がガキの頃にはもうすっかり無くなっちまったし、今後もそんな時代は帰ってこないだろう」そういって葉巻を灰皿に押し付け、懐から札束を取り出す。ベンジャミン・フランクリンの厳めしい顔が俺を睨む
「確かにいい時代だった。俺もそういう時代に生きる事が出来ればよかったと思う。だがもうそれが映画の中にしか残っていないのは誰だって知っている。それなのにいまだに誇りや意地なんかにこだわって身を滅ぼす男がいる。バカっていうのはつまり、そういう人間の事だ。そう思わないか?」トニーは既に数えてあるだろう札束を、俺に見せつけるようにわざとらしく数えてみせ、そしてそれが終わると俺に差し出した
 俺は黙って差し出された札束を見つめる
「お前はそういうバカな人間か?」札束から顔を動かさず、上目遣いになる形で、目線だけを彼の手から顔に動かした。トニーは殺人的に恐ろしい笑顔で俺を見つめる。この男は絶対に自分の笑顔がどれだけおぞましいのかをしているかを自覚しているに違いない。殺人的に、と言ったが実際にこの男が人を殺す時はこういう笑顔をしているのかもしれない
「わかってるな?」
 実際のところそのとき俺は何にもわかってなんかいなかった。ただ、これを受け取ったらもう俺の夢は二度と手の届かない所に行っちまうっていうこと、そして受け取らなくても、もう俺には自分の夢をかなえる力がなかったということを考えた。いや、本当はずっと前から分かっていたのだが認めたくなかっただけなのかもしれない。俺は確かにいいところまで行った。殆どトップまで。だが、トップにはなれない。俺にはそのちょっとの差を埋めるだけの何かが足りないっていう事がわかってきていた
「ああ、わかってる」そう答えると、トニーの顔が曇った
「ちがう。俺が言いたいのは、その言葉を、お前のその口から聞きたいってことだ」トニーは悪党だ。人の脅し方も心得てる。 絶対に曖昧なところは残さない。
 言葉はただの言葉。だが奴は、人間というものはある言葉を口にしたとたんそれが嘘であろうとも、不思議な力でその言葉に拘束されるということを知っていた
「わかってる。7ラウンドでルイージのアッパーが俺のアゴに入って、俺はぶっ倒れる。カウントテン。7ラウンド。14の半分。6の次で、8の前。それ以上でもそれ以下でもない。そうだろ?」

 宜しく頼むぜ、相棒。そう言ってトニーは満足げに笑った。ぞっとするような笑顔だった

 試合は順調だった。順調というのはつまり台本通りに進んだということだったが
 7ラウンド。ここまでは一応俺が優勢ということになっている。それが台本。もっとも本気でやったとしても俺が優勢であることは間違いがないだろうが。次の日のスポーツ紙にはこう書かれる。格下相手に油断、まさかの敗北、とね。
 そろそろいい頃あいだ。俺はルイージに目配せをする。ルイージもそれに気付く。奴の体が緊張で強張るのがありありとわかる。まったく、パンチをもらうのは俺だってのに
 わざと大ぶりしたストレートを打つ。ルイージがそれをかわし、俺のアゴに強烈なアッパーをくれる。格下でもプロのパンチだ。もろに食らったら死にかねない。体を捻り力を逃がす

 気がついた時はカウント6だった。力を逃がしきれずに、完全に気を失っていた。全くなんてざまだ。脳みその中身がなんかの間違いで一回全部吸いだされて、それに気づいた誰かが大慌てでもう一回俺の頭蓋骨にぎゅうぎゅう押し込んでくれたような気分だ。音は世界から完全になくなってるし、目もかすむ。
 トニーの満足げな顔が映る。レフェリーがバカなダンスみたいに間抜けなそぶりで俺に指を突き立てる。これでよかったんだ、と思う。ついでに言うならば、このまま寝ちまいたい、寝ちまったらどんなにいい気分だろう、そしてそれが俺に期待される役割だと
 誰も俺に勝つことなんて期待しちゃいない、そう思った。誰もだ

 ふざけるな。そうとしか形容のしようがない感情が俺の中に沸き上がってきた。殴られたせいでバカになっていたのかもしれない。俺は立ち上がり、そして油断していたルイージにストレートをお見舞いしてやった。そして奴はそのまま起き上がってこなかった
 おかげで俺はこうやっていろんな街を逃げ回るはめになった。そうなってみていろいろ考えてた。なんであの時あんなことをしたんだろうか。そしてトニーの手下に追い回されて、走って逃げている最中にこう結論した。結局のところ俺はバカな人間なのだろう、と


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