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ポテトチップスさん

20代の頃、小説家を目指していました。 ですが実力がないと自覚し、小説家の夢を諦めました。ですが久方ぶりに、時空モノガタリ文学賞に参加させて頂きます。 ブログで小説プロットを公開してます。ブログ掲載中のプロットを、小説練習用の題材にご自由にご利用下さい。http://www.potetoykk.com

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悔しさを洗い流してくれない雨

16/04/25 コンテスト(テーマ):第108回 時空モノガタリ文学賞 【 甘夏 】 コメント:0件 ポテトチップス 閲覧数:902

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2月に収穫し倉庫で寝かした甘夏みかんは、酸が抜け食べごろとなった。
宇和島の空と海は、あと数ヶ月で夏が訪れる前兆のように、ここ最近は早い夏日のような天候が続いていた。
武藤正一は、伊吹町で30年経営する武藤商店の店先に、食べごろをむかえた甘夏みかんを並べた。
店は伊吹町市営団地に囲まれ、客の大半は団地に住む住人だった。30年前に建てられた団地は、当時は若い夫婦と子供が大勢住み賑やかだったが、ここ数年は建物の老朽化と同じく、老人ばかりが住むさびれた団地とかしていた。
「あら、甘夏美味しそうね」自販機でタバコを買った、常連客の老女が言った。
「食べ頃だよ。試食するかい?」
「いらない。あともう少し待ったら、栽培してる親戚が持ってきてくれると思うから」
「今年の甘夏は、甘さが強いから本当に美味しいよ」
「それはいいわね。早く親戚が持ってきてくれるのが待ち遠しいわ。だけど、武藤さんもよく、店やりながら甘夏農家もやってるわね。休む暇ないでしょう?」
「忙しいのは、収穫時期くらいなもんだよ。それに、親が残してくれた果樹園だから、辞める訳にはいかないんだ」
老女は大きく頷くと、タバコに火をつけて吸い始めた。
「奥さんに聞いたけど、勝くん島に帰って来るんだって?」
「うん。今年の3月に東京の大学を卒業したから、帰って来るんだ。荷物の整理も済んだみたいで、来週帰って来るって言ってた」
「経営を勉強してたんだってね、奥さんに聞いたけど」
「そう。大学で経営を学んでたんだ。勝が帰ってきたら、店を勝に任せようと思ってるんだ」
「武藤さん、引退するの?」
「いやいや、世代交代ってやつだよ。俺は今までどおり店に出るけど、店の経営は勝に任せるつもりなんだ」
常連客の老女は、自販機の前に設置してあるタバコの吸い殻入れに、短くなったタバコを捨て、頑張ってちょうだいねと言って去って行った。
翌週、勝が帰って来た。大学で経営学を学んだ勝は、さっそく正一に言った。
「親父、いままでの経営を続けていたら店は潰れるよ。コンビニが出店したら、客は間違いなく奪われる」
「じゃあ、どうするんだ?」
「酒だよ」
「酒?」
「うん。酒を激安で売るんだ。食品や日用品を売るより、酒は間違いなく儲かる。もしコンビニが出店しても、激安で酒を販売していれば客を奪われることはない」
「でも、どうやって酒を安く売るんだ?」
「そのノウハウは、東京に住んでいた時にバイト先のスーパーで学んだ。だから、俺の言う通りに店をやっていいか?」
「好きにしろ。店の経営は勝に任す」
正一は、自分の経営スタイルと考え方は、時代遅れだということを感じていた。店を出した当初は、大勢の団地客に利用されていたが、ここ数年は、赤字ギリギリの状況だった。息子が言うように、コンビニが店の近くに出店したら、間違いなく品ぞろえの豊富なコンビニに客は奪われる。もう俺の考えでは、店を存続することは現実的ではないと思った。
甘夏の時期が終わった頃、店舗改装中だった武藤商店は『武藤の酒スーパー』と店名を変えて再オープンした。
東京で学んだ酒を安く問屋から仕入れるノウハウで、酒を激安で売り始めると、店は多くの客で賑わった。
店の裏方を任された正一は、客で賑わう店を見て、勝に任せたのは正解だったと思った。
夏が終わり、だいぶすごしやすい季節に移り変わった頃、正一が店のガラスを拭いていると、常連客の老女がタバコを買いにやって来た。
「ずいぶん、繁盛してるね」
「うん。息子に任せてから、店は大忙しだよ」
「でも私にとっては、不便になったわ。このお店、もう酒しか扱ってないから。近所の人も同じことを言ってた」
正一は心の中で、店が不便になったと言う老女に苛立った。大した買い物もしなかったくせに、愚痴だけは言うのかと……。
勝に店を任せてから季節は何度か一周した。武藤の酒スーパーは、宇和島や近隣の街に5店舗の店を運営するまで成長していた。年商は6億を稼ぎだしていたが、これからと言う時に倒産てしまった。安く仕入れていた問屋が倒産したことと、同業種の激安店が近隣に出店してしまったことも倒産の原因だった。
負債は10億を超え、一家は自己破産するしか方法はなかった。
酒御殿と近所で呼ばれていた大邸宅と、甘夏を栽培する果樹園を手放した。
シャッターが閉まった店の前で正一が立っていると、自販機のタバコを買いに来た老女と出くわした。
「あら、久しぶり」
「ああ、どうも……」
「店、潰れちゃったのね」
「うん」
「今の時期は、甘夏の収穫で忙しんじゃないの?」
「もう、果樹園も人手に渡ったんだ」
「あらら」
「もう、一文無しだよ」
正一は悔しかった。老女に見くびられているように感じ。親から譲られた甘夏の果樹園を手放すしか方法が無かった自分自身ににたいしても。


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