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日向夏のまちさん

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猫鍋と海

16/04/25 コンテスト(テーマ):第106回 時空モノガタリ文学賞 【 ねこ 】 コメント:1件 日向夏のまち 閲覧数:1163

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 今日も空が青いです。ぽかぽか陽気が過ごしやすい、平和な世界です。
 ご主人。
 鍋の中で寝返れば、がらんじゃらんと首の鈴がなります。ご主人、僕は今の同居人が、あまり好きになれません。
 同居人の大っきな手が、僕の頭を、わしりわしりと撫でた気がします。
「ニケ、いってきます」
 そうですか。
 まるで、遠い場所での事のようです。
 こうしてうとうとしていると、ご主人に近い気がします。
 あぁ、ご主人。鍋は好きですか。
 先日同居人が友人と、「闇鍋」なる胡乱なイベントを催しました。部屋を真っ暗にして、およそ鍋には向かない具材を、客が次々放り込むんです。
 あの放り込まれる様といったら、まるで、ご主人の最期にそっくりで。
 冗談です。
 でもねご主人聞いてください。僕も少しお裾分けをもらいましたが、僕は、鍋の懐の深さに驚きました。感動さえしました。それ以来僕は、窓際に置かれた土鍋が気に入りの寝床なんですけどね。
 闇鍋ならぬ猫鍋。
 なんつって。
 おもしろくないですか。残念です。
 味としては今ひとつ冴えませんでした。不味くもなく美味くもなく。普通は鍋に入れないもののオンパレードで。そのくせ、不味くなくて。
 感動しました。
 そして僕は思い出しました。ご主人が初めて野良猫の僕にくれた、冴えない味のする飯を。
 覚えていますか。
 僕との日々。ことごとく不味い飯。
 味付けが壊滅的でした。甘すぎたりしょっぱすぎたり、味がなかったり。
 でも、僕は幸せでしたよ。
 ご主人。
 あなたと出逢い、過ごした、土管のある公園はわかりますか。
 初めは、餓死しかけた僕を見つけ食事をくれたのが始まりでした。味なんて気になりませんでした。生きるのに必死でした。
 がっつく僕を見て、よほど嬉しかったのでしょう。
 それからご主人はあの公園で、毎日のように今日の失敗を語り、不味い飯をくれました。面倒を見てくれました。天涯孤独の野良猫は、幸せを知りました。そしてご主人は、僕に夢を語りました。夢をぶら下げながら遊具に揺れる姿が、少し滑稽でもありました。
 料理人。
 なんて、絶望的な夢ですか。
 けれどご主人は真剣でした。
 その真剣さはなによりも手の込んだ、けれども味付けの下手な料理によく出ていました。
 最期の日は、しょっぱいきんぴらでした。
 ご主人は、浮かない顔。いつもと違う匂いで、僕を撫でて帰りました。
 違和感。僕は、ついていくことにしました。なにか嫌な予感がしたのです。
 結果的にそれは、間違っていませんでした。
 そこは崖で。
 あなたは自然に、身を投げました。
 目を疑いました。そしてこの時、ご主人の匂いが「死臭」だったのだと気が付きました。
 僕は後を追って飛び出しました。なにも考えていませんでした。ご主人の事しか持たない野良猫の僕は、体も軽く、軽快でした。
 ――どこもかしこも、青い世界。
 その中にご主人と僕は落ちて、吸い込まれて、ひどい土砂降りを一生分集めたみたいな世界に囚われて、息もできずにぐるぐる回りました。一日を早送りしたみたいに、青い天井の色から、すぐに暗い夜の天井の色に変わり、僕は眠りました。
 それが死というものだったと知ったのは、生まれ変わってからです。
 ご主人もきっと、死んだでしょう。
 青は、海と、空というそうです。僕は飼い猫と呼ばれる今に生まれてから、たくさんの事を知りました。
 海。大きなしょっぱい水溜り。その中には、魚とか海藻とか、ゴミとか。闇鍋のようにたくさんのものが放り込まれているそうです。
 ご主人と、ひとつ前の僕も放り込まれている。
 けれどあの、塩辛いダシの効いたスープに放り込まれた僕とご主人は、誰の糧になるのでしょう。
 同居人の闇鍋は、すっかり人間の糧になって、すっからかんになりました。
 僕とご主人はどうなったでしょう。今も、海の中を漂っているでしょうか。
 海がなくなったことは、糧になったことは、あるでしょうか。
 ないのなら。
 そんな死は無駄ではないですか。せめて誰かの糧になるなら、意義があるというものじゃないですか。
 ご主人は、どうして身を投げたのです。
 苦しそうに語っていた「みかくしょうがい」とやらが原因ですか。
 ご主人は、僕にとっての料理人でした。
 それだけではだめでしたか。
 ご主人僕は、鍋の具になりたい。
 鍋の中で、意味のある死になりたい。
 海が鍋なら。
 あなたも僕も、きっと糧になる。
 あなたの死も魂の抜け殻も、無駄になどならない。
 それ以来僕は、日当たりのいい窓際に置かれた土鍋が気に入りの寝床で。
 いつか太陽に調理されたいと、密かに、願っています。

 夢を見た。
 僕が海を食べる夢。
 塩辛くて。涙が出て。
 でもあなたは確かに、僕の糧になった。


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このストーリーに関するコメント

16/05/05 クナリ

面白かったです。
舞台や情景というより、想いのスケールが圧倒的でした。

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