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Fujikiさん

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猫の墓場

16/04/24 コンテスト(テーマ):第106回 時空モノガタリ文学賞 【 ねこ 】 コメント:2件 Fujiki 閲覧数:1031

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 雨上がりの森は湿り気を含んでむせかえるようだった。足を踏み出す度に苔に覆われたぬかるみの中に沈んでいきそうになる。中身の詰まったリュックサックがマヤの両肩に食い込んだ。
 しばらく歩くと、手前の木の枝に白いビニール袋がぶら下がっているのが見えた。薄暗い森の中でビニールの白さは格段目を引いた。固く縛った口の部分にはハエが何匹もたかっている。袋の中身は黒々として、濁った水に浸っているようだった。
「触っちゃダメだよ、汚いから」
 唐突に聞こえてきた男の声に、マヤは驚いて振り返った。Tシャツを着た背の高い長髪の青年が大股で近づいてきた。
「猫の死骸だよ。麓の村では、死んだ猫を地面に触れさせると魂が道に迷ってあの世にたどりつけないって言われていてね。ただの古い迷信なんだけど、こうやって実際に吊るしてあるのはボクも初めて見た」そう言って彼は拾った小枝で物珍しそうに袋をつついた。
 神宮寺と名乗るその青年は東京から来た写真家だった。チョウの写真を撮りに毎年この森を訪れるのだという。
「国道に出たところにあるホテルに泊まっているから、よかったら作品を見にこない?」と言うなり、彼はマヤの肩からリュックサックをするりと外して背負い、歩き始めた。
「ずいぶん重いね。森に来る時はもっと身軽じゃないと」白い八重歯を覗かせる人懐っこそうな笑顔には、どこか有無を言わせぬ魅力があった。
 神宮寺のレンタカーは山道の脇に停まっていた。エンジンをかけると古いブルースのメロディがカーステレオから聞こえてきた。ビリー・ホリデイの「奇妙な果実」である。ヴォーカルのないピアノだけのアレンジは都会風の軽妙な雰囲気を出していた。助手席に座ったマヤは居心地の悪さを感じていた。
「やっぱり、いいです。日が暮れる前に、もう少し一人で山を散策しておこうと思います」と、マヤはうつむいたままで言った。
「まだ昼前だし、時間はたっぷりあるよ。帰りもちゃんと送るから心配しないで。それに……」神宮寺は不意に真剣な表情になってマヤの顔を覗き込んだ。
「……ひょっとして自殺を考えていたんじゃない? 死の臭いって言うのかな、そういうのにボク敏感なほうなんだ」
 神宮寺の問いには何も答えなかったものの、マヤの頭の中には和也の顔が浮かんで離れなかった。和也はいつも「マヤちゃん」と呼び、ちゃん付けで呼ばれたことのないマヤを面映ゆい気持ちにさせた。国会議員の御曹司だった彼は、アルバイトのバーテンダーに過ぎなかったマヤの知らない世界を見せてくれた。料亭でのデートやブランド品のプレゼントも嬉しかったが、マヤの心を最も動かしたのは彼がお姫様のように扱ってくれたことだった。だからこそ、マスコミに漏れたらまずいからと妊娠中絶を頼まれた時にも素直に従ったのだ。
 だがある日、いつものように一夜を共にした後に、MBA留学でアメリカに行くことが決まったから別れてほしいと突然切り出された。
「勉強の邪魔になるんだったらメールも電話も控えるし、帰ってくるまで待つから」とマヤがいくら言っても、彼は聞く耳を持たなかった。
「言っちゃ悪いけどさ、マヤちゃんとボクって普通に考えて家柄が釣り合わないよね。手切れ金も、ちゃんとこうして準備してきたんだよ。いくら出したら納得してくれるわけ?」
 そう言って和也はマヤをベッドに押し倒すと、胸の上に馬乗りになって帯のついた紙幣の束で頬を叩き始めた。新札の鋭い端は皮膚に切り傷をつけたが、それよりも心に刻まれていく傷のほうが痛んだ。札束が顔を打つ度、尊厳と人間性が少しずつ削がれていった。涙があふれ、耳が真っ赤になり、体じゅうの震えが止まらなかった。
 神宮寺の部屋のベッドに腰かけたマヤは、入口の床に置いた重たいリュックサックに目をやった。神宮寺は、森を歩いて汗をかいたからと言ってシャワーを浴びている最中である。薄い浴室のドアの向こう側から上機嫌そうな鼻歌が聞こえてくる。マヤはそっと立ち上がって足音を忍ばせながら入口まで歩き、リュックサックを担いだ。
 気配を悟ったのか、神宮寺が腰にタオルを巻いただけの姿で出てきてマヤを呼び止めた。
「おい、ちょっと待って」
 彼がマヤのリュックサックを強く引っ張ると、ジッパーがはち切れて中に詰まっていたビニール袋の包みがごろごろと転がり落ちた。神宮寺は足下に転がってきた包みの一つを拾い上げ、白いビニール越しに眺めた。
「何だよ、これ……首!?」
 村の聖地である猫の墓場にまで外の人間がずかずかと入り込んでいたのは想定外だった。昔はよそ者はおろか、村人さえも畏怖して普段は近寄らなかったくらいなのに。マヤが森の木の枝にビニール袋をすべてくくりつけ終えた頃には、すっかり日が落ちていた。夕暮れの心地良い風に吹かれ、二人の男の頭部はスローなダンスを踊るように揺れ続けた。


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このストーリーに関するコメント

16/05/05 クナリ

忍び寄るような狂気のホラー感が良かったです。
構成がとても巧みでした。

16/05/06 Fujiki

クナリさん、ありがとうございます。
実際にある風習を基にしているのですが、土着的な題材はどこか怪談めいた怖さがあると思います。

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