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ポテトチップスさん

20代の頃、小説家を目指していました。 ですが実力がないと自覚し、小説家の夢を諦めました。ですが久方ぶりに、時空モノガタリ文学賞に参加させて頂きます。 ブログで小説プロットを公開してます。ブログ掲載中のプロットを、小説練習用の題材にご自由にご利用下さい。http://www.potetoykk.com

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咲かない向日葵

16/04/21 コンテスト(テーマ):第107回 時空モノガタリ文学賞 【 色彩 】 コメント:0件 ポテトチップス 閲覧数:838

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「ただいま」
「お帰りなさい」
留美は、玄関で雅人のニット帽と肩に積もった雪を手で払いのけた。
雅人は紙袋を留美に渡し、コートを脱いで雪を振り落した。
「魚の缶詰だけ?」
「うん」
「いくらしたの?」
「5個で5000円」
留美は大きくため息を吐いた。
「薬は?」
「取り寄せるまで、1ヵ月待ちだって。でも、ちゃんと申し込んできたさ」
室内で白い吐息を吐きながら、雅人は美優がいる部屋に入った。
高熱を出しベッドで眠る美優が、目を開け小さい声で言った。
「お父さん、ミカンが食べたい」
「今度、買ってきてあげるから、早く病気を治そうね」
美優は安堵したように頷くと、また荒い呼吸で眠りについた。
室内用のダウンジャケットを着た雅人は、ソファーに座って白い吐息を手に吹きかけた。
「もっと他に、食料売ってなかったの?」留美が言った。
「売ってたけど、買えなかった。1パックの卵が5000円、牛乳は1本3000円もした……」
雅人と留美は同時にため息を吐いた。
「いったい、いつまでこんな環境が続くのかしら?」
「あと20年はこのミニ氷河期が続くと、気象庁は発表してる」
「食べ物がろくに手に入らないこんな生活がずっと続いたら、生きていけないわ」
「日本はまだマシだよ。貧困な国なんか、食料を確保できずに死者が出てる。5年前は地球の総人口は75億人もいたのに、現在は37億人まで減ってしまった。食料を輸入に頼っていた日本は、先進国の中で一番痛い目をみてるよ」
雅人は立ち上がって、室内の温度計を見た。氷点下16度を表示していた。
地球温暖化ばかり心配していた世界中の人々は、まさか地球が氷河期に突入するなど、考えすらできなかった。あの時、氷河期が到来することを警告していた学者達の話を、世界中の多くの人間が、おとぎ話だとあざ笑った。
街は氷で覆われ川も凍結し、太陽は分厚い雲で遮られ、その姿は5年近く見えずにいた。
畜産・漁業、それに農作物は育たず、室内栽培の作物はどれも高額な値で販売されていた。物価が異常になると経済活動は停滞し、会社は倒産が相次ぎ、街は食料を求める失業者でごった返していた。
雅人は、これからどうやって病弱な娘と妻を養っていったらよいのか、途方にくれた。
こんな世界の大混乱の中でも、金だけは価値があった。むしろ金の価値は氷河期に突入する以前にも増して、その価値は確かなものとなっていた。
金のある人間は、この世界中の食糧難の中でも食べたい物を食べ、よく肥えた腹を揺らしながら、ワイン片手に楽しそうに談笑するような生活を送っていた。
雅人はいかに労働階級の人間は、か弱い生き方しかできないのだと何度も悲しく思った。金があれば大金を払って優先的に薬を調達し、病弱な娘の病を治してやれるのに。美優が食べたいと言ったミカンを買ってやれるのに。室内でも氷点下の部屋に、暖をとってやれるのに、と愚痴ばかりが口から出た。
翌日、2週間に一度の食料配給日だった。雅人は大きなリュックに家族分の配給食を詰め込んで、さっそうと家に帰った。
「ただいま」
「お帰りなさい」
留美は雅人からリュックを受け取った。
「美優は起きてる?」
「うん。今、お昼ご飯をたべさせたところ」
雅人は美優の部屋のドアを開けた。
「美優、ミカンの缶詰もらって来たから、食べな」
「美優は咳きこみながら、ベッドから起き上がった」
1年振りに、リビングで家族3人がそろってミカンの缶詰を食べた。
美優は何度も大きく咳きこんでいたが、今日は体調が少しはよかった。
「ねえ、お父さん」
「なんだい?」
「向日葵ってどんな花なの?」
「向日葵? 知らないのかい?」
「花の図鑑では見たことあるけど、お外では見たことない」
「そうか。一度も向日葵を見たことがないのか。向日葵はね、黄色い色彩の花だよ。夏になると黄色い花が、あっちにもこっちにも咲いていてね、セミの鳴き声と向日葵の色彩は夏を知らせるものなんだ」
「美優も、向日葵見たい」
「そうだね、お父さんも見たいな」
夕方、美優の具合が急激に悪化した。過呼吸を繰り返し、息をするのが辛そうだった。雅人と留美は救急車を呼んだ。
病院に到着した時には、意識が無くなっていた。緊急の手術を受けたが、5時間後に息を引き取った。
わずか5年間の短い一生だった。氷河期の始まりに生まれ、太陽も向日葵の黄色い色鮮やかな花を見ることも無く、死んでいった。
雅人と留美は泣いた。1日中泣き続けた。でも雅人は思った。こんな飢餓で苦しむ時代なら、死んで良かったのだと。あと20年も経てば、ミニ氷河期は終わると気象庁は発表している。また太陽の光が地上に降り注ぐ時代に、生まれ変わって生きてくれと願った。
プランターに向日葵の種をまき、美優の眠る墓の前に置いた。きっと咲くことも発芽することもない向日葵の種。


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