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つつい つつさん

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16/04/17 コンテスト(テーマ):第107回 時空モノガタリ文学賞 【 色彩 】 コメント:2件 つつい つつ 閲覧数:1144

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 私の目に映る世界は灰色だった。一流会社で働き、美人の妻や可愛い娘、それに友人や知人もたくさんおり幸せなはずだった。端から見ると私は順風満帆でバラ色の生活を送っているように思えただろう。しかし実際見えているのは、くすんで薄汚れているだけのつまらない光景。周りにあるもの全ては無意味で色もなく私に必要のないものばかりだった。
 私はそんな中、周りに悟られないよう仕事熱心な男を、ユーモアのわかる友人を、良き夫、優しい父親を演じてきた。だか、そんな生活を繰り返すうちに私の奥底には少しずつ不満、憎しみ、虚しさ、怒りが堆積し、今にも私の内側を食い破り破裂しそうだった。それでも私は平静を装い灰色の世界でなにかが爆発するのを必死で堪えた。しかし、いよいよ私は奥底に封じ込めた破壊衝動、暴力衝動を抑えきれなくなり、ある晩、とうとう妻に対してその衝動を炸裂させた。そして、それ以来、私は毎晩妻に不満をぶつけるようになった。
 私は妻が新入社員として我が部署に入って来た時になぜか運命のようなものを感じた。海外のモデルでも通用しそうな美貌とスタイル。スレンダー、かつ、アスリートのように引き締まった身体。それでいて性格は穏やかで出しゃばることなく誰かをそっとサポートする奥ゆかしさを持っていた。しかし、妻に惹かれたのはそんなことではなかった。なにかを隠しているような怯えた表情、注意深く観察すると見えてくる暗い目、そのドロドロとしたものの虜になった。思えば、この時から妻を破壊したい、彼女に全てをぶつけたいと思っていたのかもしれない。幸いにも彼女も私に興味を持ち彼女の入社三年後にはめでたく結婚することになった。
 今日も寝室の中で私は軽いストレッチを始める。しばらくすると三歳になる娘を寝かしつけた妻が静かに入ってきた。私は妻が私に二、三歩近づくと、破壊衝動を最大限解き放ち固く握り込んだ拳で右ストレートを放つ。妻は軽くバックステップでかわすと、左足で私の右足首に正確無比なローキックを当てる。
「グッ……」
 思わず呻き声が出るが、これくらいで負けてはいられない。しかし、利き足でもない左足でも妻のローキックは凄まじい。それが利き足の右足でのローキックを喰らった日には、次の日足を痛めたのを悟られないよう歩くのが困難なほどだった。
 私は気を取り直し、おもむろにバックハンドブローをくり出すが、妻はヒラリと左にかわしたかと思うやいなや滑らかに回転し、お返しとばかりバックハンドブローを披露する。それは綺麗に私のこめかみを捉え、私はよろよろと半歩よろける。次の瞬間、妻の身体が深く沈み込むと強烈な右ボディーが私の腹に突き刺さった。
「バフッ……」
 たまらず私はくの字になり、その場に崩れ落ちた。これで今日の戦いは終了だ。妻が本気なら私は最初のバックハンドブローでノックアウトされていただろう。けれど妻は私の見える部分にはケガや傷が残らないように気をつけている。私が遠慮なく彼女の顔面を狙っているのにだ。それほど私と妻の間には差がある。もちろん、体力的には私が勝っている。いくら妻が一七五センチの身長があろうと、私は一九〇センチ近い。それに、毎朝かかさずロードワークも行っているし、週に三回はジムにも通っている。だけど、妻は根本的に違った。
 妻は三歳の頃から兄の影響で柔道を始め、その後、レスリング、キックボクシングなど様々な格闘技に手を染めた。妻が高校一年生の頃にはキックボクシングでインターハイ出場も決まり、TV局が美人高校生格闘家として密着取材に訪れたほどだった。そして妻はその密着の最中行われたインターハイの決勝で当時三年生で最強最悪と怖れられたチャンピオンを嬉々たる表情でボコボコにした。相手は自分とは違い美人でちやほやされている妻に嫉妬し、反則まがいの攻撃で妻をメッタ打ちにしようとしたらしい。しかし妻はそれを真正面から受け流しながらも、まるでお気に入りのおもちゃが見つかったとばかりに意地でも倒れようとしないチャンピオンを嬉しそうに殴り続けたらしい。その、あまりに凄惨な姿に腰が引けてしまったTV局は密着しておきながらそれを放送することはなかった。しかし妻は、これ以上格闘技を続けると人を殴りたくのを止められなくなるからとキックボクシングも他の格闘技も全て辞めてしまったらしい。それからの妻の人生は私と同じように灰色だった。常に暴力的な自分を隠し、自分を抑えようと必死に生きてきたみたいだ。それが私という生涯の伴侶を見つけ、やっと自分にとって安寧の場所を見つけられたと喜んでいる。
 妻と結婚するまで私の目に映る世界は灰色だった。しかし、今は真っ暗闇だ。だが、妻と別れるわけにはいかない。私というおもちゃを見つけた妻が私を簡単に手離すことはないだろう。
 そう、私が壊れでもしない限りは……。


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このストーリーに関するコメント

16/04/18 霜月秋旻

つつい つつさま、拝読しました。

妻へのDV…かと思いきやまさかの返り討ち(笑)奥さん強いですね。これほどパワフルな女性が妻なら頼もしい。面白かったです。

16/04/22 つつい つつ

霜月 秋介 様、感想ありがとうございます。
妻が暴力を受けるのでは夢も希望もないので、あっさり反撃してみました。いつか妻に攻撃が当たった時は、よくぞ成長したなと師弟関係のような感動があるのではと思っています(笑)

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