瑠真さん

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陰影

16/04/14 コンテスト(テーマ):第107回 時空モノガタリ文学賞 【 色彩 】 コメント:0件 瑠真 閲覧数:749

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 花柄の十二単に身を包んだ姫君が、屋敷の中庭を回り込んだ渡り廊下、侍女たちを引き連れて足早に進んでゆくシーンである。
 散りゆく桜の花びらから、女たちの黒髪を掠める軒先まで映像は一気に流れたーー
 カチンコの甲高いカットと共に、嘘のような空間の弛緩がスタジオを包む。カメラの後方、腕組みのまま腰かけていた監督は、かすかに口元を綻ばせ、事務的に頷くーーひと先ず納得の行く、仕上がりであった。

 新進気鋭の若き監督はその仕事に当たり、美術、とりわけ衣装や舞台のセットへの徹底的なこだわりで良く知られていた。
 本来なら2束3文で急ごしらえの上、繋ぎの1週間公開するようなこの手の時代劇にあっても妥協はなかった。それゆえ見栄えには一定の評価もあり、少なくとも美術に関する限り、彼の作品は毎年のように映画賞の審査に上ることを常としていた。
 フィルムの調達に奔走し、映画を撮れる喜びばかりに浸っている時代は、もう終わった。これからは本当に良い作品だけが評価され、価値を持つのだという、固い信念があった。

 彼をここまで駆り立てたものーーそれはある映画との出会いだった・・・
 戦乱の渦巻く世、勝ち気なヒロインと、上流階級のアウトローとが織り成す、波乱に満ちた物語ーー特派員時代の頃、出張先の香港で見た、その『敵国映画』に心動かされて以来、彼は一貫して舞台美術にこだわり続けた。彼の抱く理想の先には、いつもあの映画があった。

 しかし、

 現実物語として、その「完成形」と見比べた時、彼には自分の仕事が、必ずしも満足しているとは到底思えなかった。実際それを裏付けるように映画賞では、殆ど唯一の勝負どころである「美術」の部門においてさえ、結果となれば決まって次席に甘んじていた。
 原因として、彼自身にはどうすることもできない東西の文化の違いとか、絶対的に不足した予算とかいう問題もあるとはしても、結局は彼の作品に、重要な何かが欠落しているからに他ならなかった。

 あの映画にあって、自作にないものーー自ずと答は明らかだった。

 ーーあの鮮烈な『色彩』だ。

 炎上する屋敷のシーン、そして物語の最後、「明日」を強烈にイメージさせる夕日のくだりなどは、あの総天然色なくしては成り立たないのだ!
 それに引き換え、我々と言えば、白、黒。白、黒。華やかな着物も、桜吹雪も、単調極まりないこのパターンの中に、全て埋没しているではないか!ーー

 すべからくして彼は、カラー撮影の為の設備を繰り返し会社に要望した。現にその頃、国内初のカラー映画が公開されたばかりだった。会社のヤル気さえあれば、それはいつでも実現できた・・・
 しかし、そのような高額の設備投資に、会社が了承する筈はない。ただでさえ、会社は彼の映画に付き物の、大掛かりなセット相応の予算に頭を抱えていた。だが、何も理由は金ばかりの話ではない。

 ーー彼は所詮、社内では2番手の存在だった。

 これが業界きっての大監督の「鶴のひと声」なら、会社はすぐにでも予算を当てただろう。事実役者のキャスティングという面で、両者の待遇には大きな差があった。
 しかしながらその監督ーー彼がどうしても超えることのできなかった存在は、その最新技術を必要としなかった。それはそうだろう。

 その監督は、光と影を巧みに操る、『陰影の魔術師』と呼ばれていた。

 正確には光より『影』の操作ーー何にせよ、このモノクロという世界において映画を作らせたなら、誰1人として右に出るものはいないのだった。そして、その圧倒的な陰影の芸術は、数々の映画賞において、彼を差し置いての栄誉を欲しい儘にした。

 会社はこの事実の上に、益々「現実主義」に傾いたーー色彩の時代は、そう遠くない内に訪れるのだろう。ならばこそ、設備はその時で良いではないかーー
 むしろ革新的すぎる彼の考えは、2番手に若かないその立場を、社内で一層悪くすることにしか、役立たなかったーー『陰影の魔術師』がいる限り、映画界は色彩の為の投資など、必要としていなかったのだ・・・


      ×       ×

 おおかたの予想に反して、
 その後10年もしない内、カラー技術による鮮やかな色彩の時代が訪れた時、世の映画会社は、優れた技術者の発掘に、大変苦労したのだそうだ。

 ーーというのも、「色彩」の勝手を知った人材が、その頃1人もいなかったから、と言われる。

【End】


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