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W・アーム・スープレックスさん

性別 男性
将来の夢
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モノトーンの人々

16/04/13 コンテスト(テーマ):第107回 時空モノガタリ文学賞 【 色彩 】 コメント:0件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:1081

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町はすべて、白と黒と灰色でできていた。月の世界に色はない。ゆきかう人々もまた、すべてモノトーンでふちどられ、そのために誰もが、どこか石膏でできた像のような印象を湛えてみえた。
兎山から帰ってきたムン太は、なんども砂埃をはたき落としてから、ルナ子がいる酒場をたずねた。
まだ髪の毛が砂にまみれて、年よりふけてみえるのがおかしいのか、ルナ子が笑いながら彼におしぼりをわたした。
ムン太は、光る石の採掘を仕事にしていて、ここから東に数十キロも離れた兎山がその採掘場だった。酒場の前には、かれの乗り物である月ゾリがたてかけられているにちがいない。地上すれすれを滑空できるこのソリに乗れば、兎山までの距離もそう遠いものではない。ただそこは、真っ暗な闇が支配していて、本能的に暗がりを恐れる月の人間たちにとっては禁断の地にほかならなかった。一儲けを狙う者なればこそ、恐怖も克服できるというものだが、他の人々からは、ムンタたちのような連中は、強欲者と後ろ指をさされていた。
「収穫はあったの」
彼に酒をわたしながら、ルナ子はたずねた。
ムン太はこたえるかわりに、上着のポケットから数個の原石を取り出した。
「かなりの高値がつくぞ」
はじめて彼がこの酒場にやってきた日、ここで働くルナ子にすっかり惚れこみ、そのときから彼は、彼女とふたりで所帯をもつことを夢みるようになった。ルナ子のほうは、いい鴨がきたとばかり、彼にせっせと酒場に通わせては酒代を貢がせるようになった。
「だけどそれだけじゃ、まだまだむりね」
その言葉に、ムン太は目に見えて落胆した。強い酒をあおるなり、ひたとルナ子の目をのぞきこんだ。
「よしてよ、そんな思いつめた顔でみつめるのは」
「ルナ子、お前は色というものを知っているか」
「色………」
彼女は当惑に眉をひそめた。月の世界で、色彩に触れたものは誰もいない。だが、月の人間ならだれだって、かつてみたことのない、ただ感じるだけの色彩に、つよい憧憬を抱かぬ者はないだろう。
「なにをいってるの」ふざけていると思ったのか、彼女はなじるようにいった。「この世に、色なんてもの、あるわけないじゃないの」
「おれは見たんだよ、ルナ子。色を、それもとびきりきれいな色彩を」
「でたらめいわないで。そんなもので私の心を動かせると思ったら、おおまちがいよ」
しかしすでに動揺をみせはじめたルナ子を、ムン太は、真実を知っている者のみに許される、揺るぎのない自信にあふれた態度で見返した。
「ルナ子、もし本当に色が見れたら、おれといっしょになってくれるかい」
ムン太の真剣さがようやく、ルナ子にも浸透していった風で、次に彼を見つめたその目は、哀しいまでに無防備に見開かれていた。
二人の乗った月ゾリが、後方に反物のような軌跡を描きながら砂の上を、一直線に滑走しだしたのはそれからまもなくのことだった。
さっき兎山からもどってきたばかりなのに、とルナ子は、背後から自分をしっかり抱きしめてくれている彼を気遣った。が、彼の一途な気持ちは嬉しくもあり、もしかしたらという色に対する期待に、胸は激しく高鳴っていた。
クリームのような滑らかな大地を、遮られるものもないまま、まるで夢のなかをつきすすむような感覚で二人は、兎山の麓にまでやってきた。ルナ子ははじめてやってきた暗黒が支配する世界に、おもわず身を震わせた。月ゾリのライトだけが鋭い光で闇を切り裂いている。山は、その闇よりもさらに黒く、高々とそびえたっていた。
起伏のはげしいこの山に、月ゾリは使えない。採掘場がある頂きまでは、自力であがらねばならなかった。
「俺から離れるなよ。一歩まちがえれば、底なしの穴に真っ逆さまだ」
ルナ子はいまになって、どうしてこんなところにやってきたのだろうと悔いたが、色彩を見たいという気持ちは、それをも凌ぐほどつよかった。
二人は、高低差のある岩場から岩場を、軽やかに跳躍した。一度のジャンプで二十数メートル前進できるかれらは、採掘場までの途中何か所にとりつけられた誘導ランブを目安に、高々と空中に身をおどらせた。
ルナ子は、岩場を跳びはねながらも辺りの、塗り潰したような闇のなかに、しきりに目を凝らしていた。どこまでいっても、見えるものといえばただ闇と、地面に等間隔に並ぶ誘導ランプの白い光だけだった。
やがて、兎山の頂上とおぼしき、するどくつきだした岩場のてっぺんにムン太が着地するのを見て、ルナ子もその横にフワリと飛び降りた。
「こんな炭のように真っ暗な山の中の、どこに色があるというの」
ふくれっ面をみせるルナ子にむかって、ムン太が確信にみちた声でいった。
「空を見あげてごらん」
うながされるままに彼女は、頭上に目をやった。
そのとき以来ルナ子の目に、かぎりなく青く光り輝く地球の姿が、深い感動とともに焼きついたのだった。


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