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W・アーム・スープレックスさん

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将来の夢
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三味線と万華鏡

16/04/12 コンテスト(テーマ):第107回 時空モノガタリ文学賞 【 色彩 】 コメント:0件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:1053

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由香はきょうも、家の離れにすんでいるキヌ婆ちゃんの部屋に遊びにいった。いつもは手ぶらでいくのが、きょうにかぎって彼女は、短い筒のようなものをもっていた。それは母親が買ってくれた万華鏡だった。近所のスーパーで働く母親が昨日、めずらしく一人娘の由香におみやげを買ってきてくれた。「はい、お誕生日、おめでとう」それを聞いて由香もはじめて、自分が六歳になったことに気づいたのだった。
うまれてはじめて万華鏡をのぞきこんだ彼女は、筒の中に展開する、それは美しい色と光の饗宴に、ながいあいだ我を忘れて魅入っていた。キヌ婆ちゃんにもこの感動をわけてあげたい。その思いを胸に彼女は、婆ちゃんのところにやってきたのだった。
小さい頃からかどづけという仕事で生きてきた婆ちゃんは、そのころ身につけた芸の三味線を、いまも由香がたずねていくと、嬉しそうにひいてくれた。いまでは婆ちゃんの歌と三味線は有名になって、方々から招かれては大勢の観客の前で披露するまでになっていた。
婆ちゃんは生まれてすぐに、熱病をわずらって目がみえなくなり、だからこの世界の色というものをしらなかった。しょっちゅう、由香にむかって、「空の色を教えてておくれ。草は何色だい。お前の肌は、どんな色をしているんだい」と、しつように由香にきいた。
「空は青色よ、草は緑、肌は肌色………」いいながら由香は、自分の目がみているその色を、そんなものを一度もみたことのない婆ちゃんにどうして伝えていいのか途方に暮れた。
きょうも婆ちゃんは、初夏の日がさす縁側に正座して、三味線を抱えて弾ているところだった。小さいときから、子守唄代わりにきいてきた婆ちゃんの三味線と歌が、由香は大好きだった。民謡でもわらべ歌でも歌謡曲でも、婆ちゃんはなんでも弾いて歌ってくれた。その三本の糸を弾く婆ちゃんのバチは、耳を傾ける由香の心をも心地よく弾いてくれた。
由香は、もってきたものの、万華鏡の世界を、婆ちゃんにどうして伝えたらいいのか、はたと困惑した。草の色ひとつ教えられないのに、千変万化する万華鏡の煌びやかさを、いったいどんな言葉で語ればいいのだろう。
「なにもってるんだい」
まだなにもいわないさきに婆ちゃんが、由香にいった。
「万華鏡よ………」
婆ちゃんは見えない目を宙にむかって見開いた。
「なにがみえるか、お婆ちゃんに、きかせておくれ」
「光と色が、きらきらひかりながら、いろんな形を描いていくの」
いいながら由香は、もどかしい気持ちでいっぱいになった。何も考えずにこんなものをもってきた自分が、とんでもないひとでなしに思えた。
「それは音にしたら、こんなものかい」
婆ちゃんはふたたびバチを、三味線にあてはじめた。由香は三筋の糸からはじき出される澄みきった響きに耳を傾けた。婆ちゃんはこれまで色というものを一度もみたことがないのに、どうしてこんなにきれいな音色が奏でられるんだろう………。由香には不思議に思えてならなかった。
由香は午後もだいぶしてから、母親のところにもどっていった。すると、家のなかから荒々しい物音がきこえてきた。母親の咎めるような声とともに、大きな足音がして、玄関の戸ががらりとあき、見覚えのある男がとびだしてきた。手に札をわしづかみにした男は、由香の顔に一瞥もくれずに靴をはくと、そのまま外へ出て行った。部屋では母親が、畳に両手をついてがっくりうなだれている。由香をみると、むりやり笑顔をつくろうとするので、よけい悲しい顔つきになった。
昨日、でたばかりの給料を、あの男がいつものようにせびりにきたのだ。由香は母親のそばに黙ってたった。けれど、何もいえなかった。由香にはあの男が、どこか遠くに住んでいる父親だとわかっていた。彼女が物心ついたときから、母親の金をせびりにくるだけの父親………。
「それ、どう」
由香は、じぶんが手にしている万華鏡のことを母親がいっているのだとわかると、むりにもきれいだといおうとして、それを目にあてた。しかし、いまそれは、ただ色のかけらが意味もなくちらばっているだけの、がらくたにも等しいものに感じられた。
「婆ちゃんの三味線の音のほうが、ずっときれいよ」
「婆ちゃんはね、若いころ、ひとにはいえないほどの苦労をうんとしてきたのよ。だから、三味線の音も歌も、人を感動させるぐらい澄み切ってきこえるのよ」
母親はそれを、由香にいうとともに、自分自身にもいってきかせている風だった。
幼い由香には、そんな母親の言葉の意味など、もちろんわかるはずもなかった。ただ、いまもし、キヌ婆ちゃんにこの世界の色を伝えようとしたら、それはずいぶん暗くて重いものになることだけはわかっていた。
由香はまた、婆ちゃんの三味線をききたくなった。色をしらない婆ちゃんの奏でる音色に、いまほどふれてみたいと思ったことはなかった。


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