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夕凪ハローさん

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サカナになっても愛されたい

16/04/11 コンテスト(テーマ):第105回 時空モノガタリ文学賞 【 水族館 】 コメント:1件 夕凪ハロー 閲覧数:860

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「それはあんまりだよ。」

 あなたはそう言ったのでしょう。でも、私にその声は届きません。口をパクパクさせるあなたの姿は、まるで水槽の中のサカナみたいです。
 水槽の中にいるのは私なんですけどね。


 どうしてこんなことになってしまったのかを思い出すには、少しだけ時間がかかりました。それはもう、私の頭の中も半分サカナになりかかっているからかもしれません。私が、そしてあなたが望んだことなので、それはとても喜ばしいです。
 だけど、やっぱり寂しくて、辛くて、怖いのです。蒼野瑞希という人間の心を残したまま、魚になって行くのですから。あなたには想像できないでしょう。高校の現代文の授業で読んだ、虎になった詩人の話ではないけれど、人間の心を持ったまま異形のものになってしまうのはとても怖いものです。誰がわかってくれるでしょうか。
 少なくとも、人間の姿をしているあなたにはね。

 もしかすると、私以外にもいるのかもしれません。鷹になってしまった、キリンになってしまった、ニシキヘビになってしまった、虎になってしまった、魚になってしまった……そんな人間が。でも、彼らは語りません。いや、語れないのです。多分、この言葉も誰にも届きません。だって、私はヒラメになって水槽の底にいるのですから。どこにこの言葉を記せるだろう。誰に語って聞かせることができるでしょうか。

 きっと、あなたも私のことを忘れてしまう。きっと、幻だったんだ、なんて思ってしまうんでしょう。
 あまりにも嘘くさいですから。でも、本当なんです。


 あなたとはじめて会ったのは、カラオケボックスでしたね。全然ロマンティックでもなんでもない合コンが、私たちの出会いの場でした。もっとも大学生の男女の出会いなんて、どれも似たようなものです。ゼミやサークルのコンパやら打ち上げやら、どれも合コンのようなものでしたから。
 そんなありきたりな出会いでしたが、私にとっては、とてもロマンティックなものでした。それはそれは、素敵なものでした。
 あの日、私が裕子に誘われていなければ、あなたが智一くんに誘われていなければ、私たちは出会うことはなかったんです。その日、バイトが休みだったこと、給料日後で、少し余裕があったこと、母さんと喧嘩して、まっすぐに家に帰る気分にはなれなかったこと……そんな偶然がたくさん重なって、私とあなたは出会ったんです。恥ずかしくて、人には言えませんが、やっぱりこれは運命だったのではないでしょうか?

 だったら、その時点で私がこうしてサカナなる、という運命が動き出したのですね。

 あなたは少しアルコールが入って、とても上機嫌でした。私は、上機嫌なあなたのことが好きになりました。もしかすると、私もアルコールが入って上機嫌だったのかもしれません。とてもあなたが魅力的に見えました。

 それから、私たちはいつも一緒に過ごすようになりました。母さんに嘘を吐くことも多くなりました。だって、本当のこと言えば、毎週あなたの部屋に泊まることはできませんから。後ろめたくて、そこから逃れるようにあなたにのめり込みました。

 だけどある日、あなたは私を殴りました。私が悪いのですから恨んでなどいません。

 あなたが可愛がっていたサカサナマズを死なせたのは私ですから。正直に言ってしまうと、私はどうしてあなたがあの不格好な淡水魚をあんなに愛していたのかわかりません。だからでしょう。だから、不注意で死なせてしまったのです。あなたがあんなに怒るとは思いませんでした。もちろん、殴られるなんて夢にも思っていませんでした。だって、あなたはとても優しかったですから。愛されているという実感はあまりありませんでした。ですが、いつもあなたは私を大切にしてくれました。

 あなたに顔を思いっきり殴られて、鼻の奥で弾けた火薬のような匂いを感じながら私は願いました。
 私がサカナになれたらいいのに。あなたのサカサナマズのように水槽のそこでずっと、カサカサのオレンジ色のエサが落ちてくるのを待つのです。ただ、水槽の中であなたに甘え続けたい。

 そして、私はサカナになりました。私を殴った夜、あなたは私をきつく抱いてくれました。だけど、私はひたすらサカナになりたいと願い続けました。水槽の中のサカナになりたい。

「私はサカナになるから、明日あの水族館に来て。」

 彼の部屋の水槽は私が割ってしまいました。だから、私はいつかあなたに連れて行ってもらった水族館でサカナになることにしたんです。残念ながら、あの水族館には淡水魚用の水槽はありません。だから、あのサカサナマズにどことなく似ているヒラメになりました。

 あなたはすぐに水槽の中の私を見つけてくれました。

「それはあんまりだよ。」


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このストーリーに関するコメント

16/04/14 にぽっくめいきんぐ

拝読しました。
面白かったです。
ヒラメさん、彼にのめり込みすぎです。なんか切なくなりました。

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