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三文享楽さん

私、三文享楽でございます。

性別 男性
将来の夢 鼻炎の改善
座右の銘 枕カバーは週1で洗う。

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前科アリの人々

16/04/10 コンテスト(テーマ):第78回 【 自由投稿スペース 】 コメント:0件 三文享楽 閲覧数:1110

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「君ねえ、その若さで前科三犯なの?」
「はい、すみません」
 畏怖させることが目的としか思えないような態度で、面接官が僕を圧迫してくる。慄きと憎しみで頭の中が飽和し、うまく言葉が出てこない。
「いや、謝られても困るんだよ。うちも人助けでやってるわけじゃないからさ。この先、真面目にやっていけるかってことを訊きたいの」
「はい、これまでのことを反省し、これからは社会人として相応しい生き方を心がけ、御社で働くことに力を尽くしていきたい、と思っています」
 自分でも鳥肌の立つ台詞であった。
 面接官も鼻で笑っていたが、内定が出た。
 二十九歳でようやく、つかんだ就職先である。
 早速、来月から働けるということで、僕は準備を整えた。
「彼が今月から働くことになる新人だ。よろしくやるようにな」
「うい」
 配属された工場長の紹介に、低音ボイスの響きが応える。
 社員の九割が前科アリ、と聞いていたのだが、実際に顔を合わせてみると、僕と同じような雰囲気の人間ばかりであった。凶悪犯罪という言葉には程遠い人種、と表現してもいいだろう。
「おい、お前、前科三犯だってな。何やってきたんだよ」
 どうも、新入社員へ最初の歓迎の証として、この質問が送られるらしい。僕より後から 入ってくるどの社員も、この質問に答える羽目に遭っていた。
「中学時代に、不コミュニケーション罪を負いました。高校時代には、不恋愛罪で強制起訴され、大学卒業時には、不就職罪で懲役三年の実刑判決が言い渡されました」
 大方、予想通りだったらしく、先輩たちから、驚きの声が上がることはなかった。みな同じような罰を受け、ここで働いているらしい。中には、僕と全く同じ経路を辿り、二十九歳で入社した先輩もいた。妙な親近感で、急速に仲良くなったものだ。
 二十九歳。思い出したくもない一頃である。
 三十歳までに就職しなければ、五年間の不就職罪で、しかも常習性ありとして、再び処罰されることになっていた。それだけではない。もしあのまま就職できずに裁判に持ち込まれていたとしたら、親不孝罪や学歴不相応罪など、僕の社会的身分や親族上の身分といった、あらゆる所属組織に因縁をつけられ、罪を重くされていたであろう。罪の大きさを操作することなど、裁判所にとってわけはない。
「これからも大変だぜ」
 二十九歳で入社したと言うその先輩は、小声で僕に教えてくれた。
まず、労働組合に入らせられた。少し前までは、入らないことも許されたが、ユニオン・ショップ協定の強制を国が決めたらしく、どこの企業でも組合加入が義務付けられるようになった。
 組合員になった以上は、じっとしているわけにもいかない。
「我々は給料の底上げを要求する。そちらが応じない限り、断固としてここを動かない」
 僕は休みを返上し、先輩に指示されるがまま声を上げた。
「君、きわどい格好して、あの人たちを少し困らせてやりなさい」
「え、僕がですか?」
「当たり前だ。不従順罪で裁かれたくはないだろう?」
 海水パンツ一丁となった僕は、工場の機械前に寝そべった。
 こんなことをするために、この会社に入ったのではない。僕はなんでこんなことをしているんだ? 止めどなく湧いて出てくる自問に胃が痛んだが、これが社会人なのだ、と自分に言い聞かせる。何も考えたらダメだ。怯えていたら敗けなんだ。
 しかし、一線を超えれば公然猥褻罪に触れるのだから、なかなか骨折りである。
「君もよくやるな。よし、応じよう」
 社長は僕に労ねぎらいの言葉をかけてくれた。要求を認めさせて労いの言葉ももらったのだから、組合員としてこれ以上の誇りはない。
 ふう。これで不労い罪や不褒められ罪で罰せられることもないのだ。
 しかし、休んでなどいられるものか。
「すみません、入社した時からあなたのことが気になっていました。付き合って下さい」
「え、あんたと?」
 不結婚罪のリミットが三十五歳であるため、僕は職場の売れ残りに声をかけた。入社当時から年下のくせに僕を顎で使った、いけ好かないクソ女だ。
 しかし、背に腹はかえられない。
 こっちは三十四歳、向こうは三十一歳、といった弱みもあったので、僕は土下座して結婚を頼みこんだ。社会に適合するためには仕方ないことなのだ。
 その後も、四十歳までの不子持ち罪、四十二歳までの不風俗経験罪、四十四歳までの不浮気経験罪のリミットを、ギリギリラインでこなしていった。こんな非社会的なこともやらなければならないのに、家庭ではそれを隠していなければならない。誰もがこんな二面性をもっていると思うと、恐ろしかった。
 性的な活動さえも社会に合わせないといけない、というのが一番きつい。しかし、異性と親しくすることができなければ、立派な大人にはなれないらしいのだ。
「やらないだけで罰せられる不作為犯というのは、数十年前からありました。例えば、人を車で轢いてしまった場合に、救助を怠れば不作為犯が成立します。『やらない』というだけで罪は重くなるのです。昨今、そういった不作為犯に関する法律が、爆発的に増加しています。世の中は、やらないだけで批判されることばかりです。みなさんは社会に籍を置く以上、社会が求める公式通りに動かないといけません」
 工場の後輩に向かって、僕は叫ぶ。
 人に偉そうに物申せる人間だとは決して思っていないが仕方ない。
「なんで、そんな誰かの思い通りにならないといけないんすか?」
 僕の二倍以上の体重はありそうな新入社員が、ふて腐れながら訊ねてきた。
「お、いい調子ですね。君は今、不反抗罪から逃れました。この社会、やらないだけで批判される、と私は言いました。しかし、裏を返せばどうでしょう。やれば報われる、ということじゃないですか。やっても報われない社会を思えば、天国のような話でしょう。やっただけ評価される、ああ、素晴らしい。この社会で自分を試そうじゃないですか。一緒に日本の未来を創ろうじゃないですか」
 よし、これで不啓蒙罪も免れた。
 質問の趣旨をはぐらかした気もするが、知るもんか。自分が思っていないことであっても、僕は主張しなければならない。立場が僕にこうさせるのだ。仕方ないじゃないか。
 湧き出て止まない感情を殺しつつ、文字で黒く汚れた手帳を眺める。
 週二日の休みがあるといっても、全て予定で埋まっているようなものだ。
 仕事がなければ、家族を楽しませ、親に孝行し、地域コミュニケーションをとらなければならない。仕事以外のことも両立できて社会人なのである。
 性的な活動の強制と同じくきついのは不娯楽罪である。月に何回かは、映画を観て楽しまなければならないし、スポーツをして汗をかかなければないし、美味しいものを食べて気持ちを満たされなければならなかった。
「おう、飲みに連れて行ってやるよ」
「先輩、奢ってくださいよ」
「久々に同窓会やるから来いよ」
 僕は歯を食いしばり、全ての誘いに応じた。
 実際にやったらやったで、悪いものではないのだ。時に疑問を抱くことがあっても、そう自分に言い聞かせ、忍苦の情動を噛み殺した。
 当たり前のことを当たり前にできる大人でなければならない。
 社会の多数に馴染まなければならない。
 仕事の中で自分を見つけなければならない。
 現代の日本で生きる資格に眩暈を感じていると、僕を呼ぶ声があった。
「課長。この人たち、なんか用があるらしいっす」
「なに?」
 後輩が手を振って僕を呼んでいる。
 来訪者に目をやると、見覚えのある服装だ。今現在でも、先輩後輩含め、この職場の工員を何人も連れ去っている服装である。いや、かつて、僕自身もお世話になっていたではないか。だが、信じられない。
 ここまで気を遣っていたこの僕が、呼ばれるだと?
 定年間際、五十八歳にして、手錠をかけられてしまった。
「そんなバカな。容疑はなんです」
「不発明罪及び不創造罪だ」
 ああ、確かにそんな罪もあったな。
 落胆すると同時に、肩の荷が取れ、解放されていく自分がいた。これで僕は、半自由の刑から解放されたのだ。またしばらく、なすがままの刑務所暮らしを送ることになる。それはそれでいいじゃないか。……でも。
 ここまで気を遣っていたというのに逮捕された、ということに無性に腹が立ってきた。
 そもそも、こんな人間の教科書みたいな生き方をしていて、発明や創造なんてできるものか。社会に従っているだけじゃ、いつまで経っても二番煎じに決まっているだろう。
 いや、待てよ。
「刑事さん」
 突発的な思い付きに、考えるより前に声が出ていた。この習性すら、現代日本で生きてきて培ったものなのだから皮肉なものだ。
 前を歩く二人が、鋭い眼差しと共に振り返った。
「もう今からじゃ、不発明罪の取り消しにはなりませんかね?」
「いや、場合によっちゃ、免れることもある」
 片方の男が隣の男を見つつ、僕に言った。
「なにか、思い付きでもあるのか?」
「はい、不作為犯を取り締る新しい法案をひらめいたんですよ。国民の意見として、政府へ上げて欲しいんです」
 上司に報告してみよう、ということになり刑事はメモの準備をした。
「いやね、どれでもいいから、不作為犯として新しく制定して欲しいんですよ。いいですか、言いますよ。不脱獄罪、不自殺罪、不刑務官殺害罪の三つです。贅沢は言いません。どれか一つ制定してくれりゃ、僕は捕まってもいいんです」
 刑事はにやにやとペンをはしらせていた。 


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