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依織さん

文字に恋する20代

性別 女性
将来の夢 小説家になること
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思い出アクアリウム

16/04/08 コンテスト(テーマ):第105回 時空モノガタリ文学賞 【 水族館 】 コメント:0件 依織 閲覧数:718

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 ありったけの勇気をかき集めて、狭っ苦しい教室を飛び出した。クラスメイトのざわめきも、先生の怒号も無視して。
 規則正しく揺れる電車の中で思い出したのは、怒りとか悲しみとかが複雑に混ざった母さんの顔と言葉。あんたももう高校生なんだから、あたしがいなくたって大丈夫よね。背中を向けたままの父さんが、何を考えているのかはわからなかった。出て行くの、なんて呟いた声は奇妙に宙に浮いて、誰の返事もないまま溶けて消えた。
 窓の外に広がる街並みは春の日差しにぼんやりと霞んで、まるで夢の中を漂っているみたいだった。電車から降りた僕の足元を、暖かい風が抜けていく。
 目的の場所は、僕の記憶よりずっとずっと古ぼけていた。小さな水族館。券売所のおばさんが意地悪な目で僕を見たけど、彼女は何も言わずにいてくれた。
 平日午後の水族館は、妙にがらんとして静かだった。塗装の擦れた壁の様子や、くすんだガラスの水槽や、色とりどりの魚の群れや、水の音。どれも覚えていなかったけど、不意に開けたその場所だけは僕の記憶のままだった。
 巨大なトンネル水槽。青い光が降り注いで、上も横も、たくさんの魚に囲まれている。
 すげー。おれ、海にいる!
 声がして、振り返る。小さな男の子が、両親と手を繋いで立っていた。
 また、来たい!少年の声に、優しい笑い声が重なって響く。僕の思い出と重なって響く。
 喧嘩しないで。仲良くしてよ。出て行くなんて、言わないで。
 口をつぐんで飲み込んだ声が、頭の中で暴れだす。ちゃんと言わせて。ちゃんと聞くから。もうだめなんて言わないで。
 気がつくと、涙が溢れていた。
 僕は寝不足の目を強く擦ると、ゆっくりと歩き出した。トンネルの出口に向かって。


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