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W・アーム・スープレックスさん

性別 男性
将来の夢
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無人駅の妖怪たち

12/09/03 コンテスト(テーマ):第十四回 時空モノガタリ文学賞【 駅 】 コメント:0件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:2383

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 桃の木次郎がこの人里はなれた田舎に越してきたのは、ひと月まえのことだった。
 田舎暮らしがしたい。
 いきなりいわれた妻は、難色をしめした。
 どうせすぐ、便利な都会の暮らしが恋しくなって、もどってくるにきまっている。だけどどうしても田舎にいきたいなら、あなた一人でいって。
 
 そんなわけで次郎は単身、あまりの僻地のため無料同然の借家に、引っ越してきた。
 喧騒にみちた都会の、刺々しい他人の視線と、悪意をこめた舌打ちにみちた、いっときたりとも神経のやすまることのない生活には、ほとほとうんざりしていた次郎にとって、まる一日、一度も人間の姿を目にしないことさえあるここでの暮らしは、ほんとうに心からのんびりできるひとときだった。
 ただ毎朝三時間以上かけての、しかも乗継のくりかえしの電車通勤には、さすがになれないあいだは辛いものがあった。
 一番電車にのるためには、まだ星空のでている下を、足元に用心しながら駅にむかわねばならない。キツネやタヌキ、そのほかえたいのしれない小動物がいつ、草むらからとびだしてくるかしれなかった。
 無人駅には、文字どおり、人影はなかった。
 薄暗い蛍光灯のあかりの下、ベンチに腰をおろした次郎は、いつものようにぶ厚い本をひらいた。都会ではまず不可能だった大河小説の読破も、ここでなら難なくできそうに思えた。
 なにものかの気配がした。まさかいまじぶんの時刻に、こんな駅にだれかがくるなど、おもってもいなかっただけに、彼の驚きは大きかった。
 粗末な筒袖の着物姿の女の子が、とてつもなく大きな葉っぱを頭のうえに傘のようにひろげていた。次郎が奇妙におもったのはそのことではなく、彼女がひとつも、じぶんを警戒してないことにあった。
 これが都会なら、まちがっても同じベンチに座ったりしないだろうし、それも肌のぬくもりが伝わるぐらいすぐそばに腰をおろすことなどとんでもない話だった。
 次郎は興味をおぼえて、女の子をみた。すると相手は、くすりとわらって、
「雨、ふらしてあげようか」
 いうなり、頭のうえの葉っぱをひとふりした。とたんにざあっと、空から雨がおちてきた。
「これ、雨ふらし。わしをこまらせるでない」
 下のほうで声がした。みると、まわりをめらめらと燃える炎でかこまれた男の顔だけが、こちらにちかづいてくる。
「輪入道さん、ごめん」
 少女はまた葉っぱをひとふりして、雨をとめた。
 輪入道は次郎をみあげて、苦笑いをうかべた。
「ひとを驚かすのが、我々妖怪のよろこびなんだ。あの子を、ゆるしてやってくれ」
 次郎が態度をきめかねているとき、また駅に、だれかがやってきた。
 どうみてもこんなところにはふさわしくない、若い女性だった。
 次郎は、彼女もまた、自分の横に、ぴたりと身をよせるようにして腰をおろしたのを、信じられない思いでながめていた。見も知らない二人の女性にはさまれて座るなど、都会ではぜったいありえない光景だった。
「電車は、まだかな」
 照れ隠しに、次郎がつぶやくと、いきなり女の首が、するすると伸びだした。ほとんど駅舎のうえにまでのびた首は、下の彼にむかって、
「むこうのほうに、電車のライトがみえますわ。もうちょっとしたら、到着するでしょう」
「ありがとう」
 次郎は、高鳴る胸をおさえながら、礼をいった。
 それからこれまでのひと月のあいだ、駅で顔をあわせるのはみな、妖怪たちばかりだとわかった。あのとき輪入道がいったように、おどかすために現れるのかはしらないが、悪意はまったく感じられないため、はじめこそ驚いていた次郎もだんだん、かれらにたいして親しみを感じるようになっていた。罪のないいたずらほど、みていてかわいいものはない。
 都会にいる妻から、なんどか電話があって、いつ帰るのだと、催促してきた。妖怪たちとのまじわりに満足をおぼえていた次郎は、返事をしぶった。
 やいのやいのいわれたあげく、やむなく一週間後に騒々しい都会に次郎はかえってきた。田舎にはもうもどらないでと妻から念をおされたときは、あいまいな態度でごまかした。
 三日もたたないうちにはやくも、かれは妻との生活にうんざりしはじめた。夜寝ていても、首も伸びない妻が、なんだかつまらなくおもえた。頭の上に、葉っぱをひろげて、雨をよぶこともできないのだ。無人駅に集まる様々な妖怪たちが披露した驚きにみちた変化(へんげ)の数々が、たまらなく魅力にみちておもいだされた。
 家にかえってからというもの次郎は、夜眠るときまって同じ夢をみるようになっていた。
 体が、一枚の長く幅ひろい布になって、宙にまいあがっていき、風をぱんぱんにはらみながら、あの人なつっこい妖怪たちのいる無人駅にむかって、まっしぐらにとんでゆく夢だった。
 


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