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W・アーム・スープレックスさん

性別 男性
将来の夢
座右の銘 作者はつねにぶっきらぼう

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わが心の友ラヤン

16/03/31 コンテスト(テーマ):第106回 時空モノガタリ文学賞 【 ねこ 】 コメント:0件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:1053

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ラヤンは、テントの隙間から、その青々と澄んだ目をのぞかせた。
中では、板の上にシーツをひろげただけのベッドに、多々良がだらしなくねそべっていた。
ベッドの板を支える、何冊も積み重ねた書物だけが唯一、インテリ時代を過ごした彼の名残をしのばせている。固まった土が斑模様を描いているシートには、ひしゃげたチューハイの缶がいくつもころがっていた。
夕方の赤々した陽射しが、この無残なテント内の光景を情け容赦なく浮彫にさせていた。
「あ、かえってきたか」
多田良の酒に焼けた顔が、わずかにあがってこちらをみた。
「すまん、すまん。いま餌を用意するからな」
どこからだしてきたのか、飯粒の塊と、袋に入ったカツブシを小皿の上でまぜて、猫のまえにさしだした。
ラヤンは、鼻を近づけたものの、口をつけようとはしなかった。
「どうした、表でなにかたべてきたのか」
多田良はそのとき、外にだれかの気配を感じて、顔をこわばらせた。
「だれだ」
扉がわりのドンゴロスを、そっと手でひらいた人物は、眩しいまでにパリッとした身なりの男だった。
不法侵入だぞ。河川敷の片隅に、無断でたてたテントの住いでは、そんな文句はおかどちがいとわかっていたが、ほかに言葉もみつからないまま多田良は、なおもその場違いな身なりの男をにらみつけた。
「久しぶりだな、多田良」
「え」
男はサングラスをはずした。多田良にはそれでも、相手が誰かわからなかった。
「おれだよ、丸山だ」
その名でおもいだす人間は、高校時代、仲のよかった丸山裕也ただひとりだった。多田良が勉強の虫なら、丸山は喧嘩の天才で、気の弱い多田良がみんなからいじめられるのを、しょっちゅう鉄拳制裁してくれたのも彼だった。
「あの丸山か………どうして、ここに」
「この上の道を、車で走ってたら、みごとなヒマラヤンがみえたんだ。俺の娘が大好きでな、ノラなはずはないと思いながら後を追ってきたら、ここにやってきた。奇しき因縁というやつだな。この猫は、多田良が飼っているのか」
「ああ、ラヤンというんだ」
「ヒマラヤンだから、ラヤンか」
そういって笑う彼をみた多田良は、青春時代の丸山にはなかったオーラのようなものが色濃くやどっているのを見た。
多田良は、昔の友との久しぶりの邂逅にも、何も言えない自分を意識した。いまどうしている。自分が一番きかれたくないその言葉を、どうしてこちらから言いだせるだろう。
だが丸山のほうは、そういうことには頓着なさそうだった。
「俺はいま、若い者を何人も使う事務所をかまえていてな、結構忙しくしているんだ」
身を屈めて入りこんでくると彼は、ラヤンのほうに手をさしのばした。多田良がおどろいたことに、知らない人間に対しては極めて用心深いラヤンのはずが、彼になでられた喉を、気持ちよさげに鳴らしている。
丸山はそして、思いだしたようにテントをでていくと、誰かに向かって何かを叫んだ。車のドアが開く音がして、急いでかけてくる者の足音がきこえた。再びテントに入ってきた彼は手に、食べ物のはいったトレーをもっていた。
「こんなものでも、食べるかな」と丸山は、食べ残しの焼きそばを、ヤランにさしだした。
ヤランがそれを抵抗もなく食べるのをみて、多田良は茫然となった。こびりついた飯粒と、ひからびたカツブシでも、愛情さえあればラヤンも幸せだろうとの彼の思い込みがいま、音をたてて崩れ落ちた瞬間だった。
「多田良、この猫、譲ってくれないか。もちろん、ただとはいわない。お前の欲しい金額をいってくれ」
ふいにいわれて、めんくらいながら多田良は、
「私とヤランは一心同体だ。こんな暮らしでもなんとかやっていけるのも、ラヤンがそばにいてくれるおかげなんだ。すまんが丸山、このまま黙ってかえってくれ」
その激しい言い回しに、さっき焼きそばをもってきた男が、不審そうにテントをのぞきこんだ。いかつい顔つきに、尋常でない鋭い眼光は、一目みて裏の社会の人間だとわかった。
「こら。勝手にのぞきこむな」
丸山の一括に、男はあわてて顔をひっこめた。
「わかった、多田良。無理にとはいわん」
彼は一度、抱え上げたラヤンに頬ずりしてから、こちらに手をふって、テントをでていった。
「私のラヤン、愛しいラヤン。私たちはこれからも、いつもいっしょだぞ」
抱き寄せようとする多田良から、ラヤンはするりとぬけだした。そして、妙にそわそわしだす猫をみて、不安をおぼえた彼は、その気持ちをまぎらそうとしてまたどこからかとりだした缶チューハイを、一気にのみほした。
数分後、だらしなく口をあけて眠りだした彼を尻目に、ラヤンはテントから出た。そしてまだ、上の道に停車している外車をみると、いきおいをつけて河川敷をあがりはじめた。
車のドアをあけて、手をひろげて待っている丸山の膝に、ラヤンはすんなりとびあがった。


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