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W・アーム・スープレックスさん

性別 男性
将来の夢
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桑尾島

16/03/30 コンテスト(テーマ):第106回 時空モノガタリ文学賞 【 ねこ 】 コメント:0件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:1229

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深雪は、定期船に三時間ほどゆられて、桑尾島にやってきた。
トラベルブームで、これまで観光地に名を連ねていなかった僻地にも大勢の旅行客が訪れようになった昨今でも、この人口50名足らずの孤島に足をのばすものなど、まずいそうになかった。
彼女がこの島に興味をもったのは、雑誌でここの猫を写した写真を、トビオといっしょにみたのがきっかけだった。
四歳になる雄ネコのトビオと深雪は、飼い主と飼い猫の関係をはるかに超えていた。おたがい、相手の尊厳を大切にし、彼女のほうは彼を猫だからといって猫かわいがりせず、トビオのほうもまたいたずらにじゃれたり、甘えたりするようなことはなかった。トビオが人間だったら、私はためらうことなく彼を恋の相手にえらんでいたでしょう。それだけは深雪は確信をもっていた。
「これをみて」
毎月購入する猫の雑誌の見開きに載った、月明かりに照らされた地面に三々五々、座るネコたちの群れを、彼女はトビオの目の前にひろげてみせた。トビオは、毛づくろいを途中でやめて、写真にじっとみいりはじめた。彼の好奇心がくすぐられているのがその、ひときわ拡大した瞳孔にあらわれていた。
「あなたのお気に入りの彼女が、うつっているかしら。ね、この猫ちゃんたちに、あいにいかない?」
思いたったらすぐ実行の彼女は、翌日には旅行会社にいって、桑尾島に渡る準備をととのえていた。
―――深雪は、島の周囲をみまわした。起伏の少ない陸に散見する家屋と木々の間のどこからも、青くむらのない海がのぞいている。ポータブルキャリーのなかからトビオも、しきりに辺りに視線を投げかけていた。
いま見ているものには、何かが足りなかった。
トビオもきっとそれに気づいていたのだろう、深雪を見返すその顔はどこか、物足りなさそうだった。
この島でおそらく一軒だけと思われる食堂をみつけて、深雪は暖簾をかきわけた。
「あのう、すみません。猫たちはどこにいるのでしょうか。私、この島の猫にあいたくてやってきたんですけど、一時間もいるのにまだ一匹もみかけないのです」
厨房から顔をのぞかせた店の主人は、
「夜になるのをまつんだね」
「夜ですか」
桑尾島には、交番も民宿もなかった。深雪は最初から、野宿を覚悟していた。明るい間に、あの猫たちが写っていた海沿いに並ぶ家屋のそばの広場をみつけていた深雪は、手前の木立の中に一人用テントを張って、日が暮れるまで寝袋に、トビオといっしょにくるまって待っつことにした。
空に、信じられないぐらい巨大な月がかかり、嘘だろと思えるほど地上は明るさに満ちていた。
やがて、音もなく、忍び寄ってくる身軽な生き物が二匹、三匹とあつまりはじめ、またたくまにその数は何十という数になっていった。
いきなりトビオが、寝袋から這い出していくのを見て、あとから深雪はあわてて追いかけた。物陰と暗がりの中を縫うようにすりぬけていくトビオを、いつしか身失ってしまった彼女は、ふと、草の上に脱ぎ捨てられた衣類に目をとめた。
………いまじぶん、海で泳いでいるのだろうか。衣服はかぞえて二十数着あった。あそこにたむろする猫たちも、似たような数ではなかったか。そこになにか暗示的なものを覚えた彼女は、そばの石段に腰をおろして、何かを待った。
時がとろとろとすぎていき、ふいに地面の草を踏みしだく音がきこえた。
月明かりの中に、ぬっと、裸の男性が出現した。とっさに顔をそらしかけた深雪のその目に、男性の背後から、やはり全裸の女性が身を屈めて衣類に手をのばすのが見えた。
深雪はなおも闇のなかを凝視した。
それからも続々と、何人もの人影があらわれはじめた。しかしよくみると、後方にいるのは四足であるく猫たちで、だんだんとたちあがってくるにつれてその猫たちが、しだいに人の姿に変身しては、てんでに衣服をまとってから、四方に散らばっていくのがわかった。こうしてかれらはじぶんたちの家にもどっていき、昼間は人間として過ごすのにちがいなかった。
深雪は耳を澄ました。その足音が聞こえたのは、最初の一団が立ち去って、しはらくしてからのことだった。
最後の一人だろうかと、目を凝らす彼女の前に、その人物はまっすぐ近づいてきた。
深雪がためらいがちに顔をあげると、そこには若い男性がたっていた。ひきしまった筋肉におおわれた肉体に、彼女は目をひきつけられた。
「深雪」
自分の名前を呼ばれて、彼女はあぜんとなった。が、恐怖めいたものはひとつもおこらず、むしろ大胆になって、
「あなたは」
「わからないかい」
「………トビオ」
桑尾島におこるできごとは、なにもかもわからないことだらけだった。しかし月の光の下に、トビオとこうして静かに向かい合っている光景は、なぜかずっとまえから思い描いていたような気がして、いつしか深雪は、彼の手をつよく握りしめていた。




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