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W・アーム・スープレックスさん

性別 男性
将来の夢
座右の銘 作者はつねにぶっきらぼう

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ネコウィルス

16/03/29 コンテスト(テーマ):第106回 時空モノガタリ文学賞 【 ねこ 】 コメント:0件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:1058

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交差点をゆきかう人々のなかにも、猫の頭がいくつもみえた。
猫の頭――ネコウィルスに感染し、手足はもとより全身くまなく猫のような毛が生えそろった人間のことだった。
二年まえ、南アフリカの山奥で一人の男性がはじめてこのウィルスに感染した。
山からおりてきた彼をみた人々は、輪郭は人間なのに頭は猫、一面毛に覆われたその全身に度肝をぬかれた。その後一年のあいだに、世界中で何百と言う男女が、おなじウィルスにとりつかれ、現在もなおその数は増大しつつあった。予防法はいまのところ発見されていない。外観が猫になるだけで、健康を損なうわけでなく、むしろ逆に精力が増して、元気ハツラツになることがわかってからは、このウィルスをそれほど忌む者はなくなった。げんにいま、往来にも、駅にも、オフィスにも、どこにでもみかけるようになったかれらを、白眼視する者は少ない。
それどころか、ハヤオのような男性にとっては、ネコウィルスはむしろ長い間求めてきた夢を実現してくれる、ありがたい妙薬になるかもしれなかった。
ハヤオは、自慢じゃないが、これまで一度たりとも女にもてたためしがなかった。そのかわり、ふられた経験は星の数ほどあって、にもかかわらずまだ性懲りもなく女とみるとその尻をおいかけずにはいれられなくなるたちの人間だった。
いま彼がつけている相手は、目の前すぐを、ことさら挑発するように艶めかしく腰をふりながら歩いていた。帽子とマフラーで覆われてはいても、まちがいなく猫の頭だった。
ネコウィルスは、人間の性機能を高めることが医学的にも証明されており、このウィルスをより研究することで少子化解消のヒントになるのではと、識者たちのあいだで真剣に検討されだしたのは最近の話だ。
猫ウィルスに感染し、それまで求めてもえられなかった子宝にめぐまれた女性も多いと聞く。これまで節度をわきまえ、慎ましやかに生きてきた女性たちも、このウィルスにかかると淫乱な尻軽女に豹変するというショッキングな表現でさかんに週刊誌等で取沙汰されたのも耳に新しいところだった。
その真偽はともかく、ハヤオのようなとにかく女にもてさえすれば死んでもいいと思っている輩にとっては、これが吉報でなくてなんだろう。
薄手のコートに浮かびあがる肉付きのいい体の線に魅せられてハヤオは、ゆく手を阻む通行人たちをかきわけるようにしながら、なおも執拗に猫の頭の女を追いつづけた。
女がふいに、ビルとビルのあいだの路地に入りこんだ。いそいでその路地にかけこんだハヤオは、こちらをむいて立っている彼女と鉢合わせした。
「待ってたわ」
目を光らせ、髭をふるわすようにして、彼女は笑った。
何かを言いかける彼の腕に、問答無用とばかり肘をこじいれてきた女が、ぐいぐいと彼をひっぱっていったところは、外からはわざとわかりにくくさせているホテルの入り口だった。そして、お互い顔がみえないようにできている受付で鍵をもらうと二人は、体をつよく寄せあいながら、その鍵のナンバーの部屋まで突き進んでいった。
部屋に入り、ドアに鍵をかけるやいなや、猫の頭とハヤオのふたつの肉体は、間髪を入れず絡み合った。ハヤオが夢中で求めれば、相手もそれ以上のはげしさで求めかえし、なにもかも終わったころには二人とも、乱れに乱れたベッドの上で、もはや生きているのか死んでいるのかさえ判然としない状態で横たわっていた。
さきに息をふきかえしたのは、ハヤオのほうだった。
横をみると、女のほうはまだ固く目をとざして、しどけなく脚をなげだしたまま、前後不覚になっている。
ふとみると、両脚のあいだから、尾のようなものがのびているのがみえた。
ハヤオは眉をひそめた。一般的なネコウィルスの知識では、全身に毛が生え、頭は猫のそれに変っても、尻尾が生えたという事例はまだ一度も聞いたことがなかった。
不審におもって身をおこした彼は、その尾にそっと手をのばした。
作り物とすぐわかるほど生体反応がまったくない手触りに、訝りながら彼は、それをつよく引っ張った。ビリッと音がしたかとおもうと、尾はかんたんに胴を離れた。
おもわず、わっとあげた彼の声に、女が顔をあげた。
「やっぱり尻尾は余計だったようね。おかげで、ばけの皮をはがされちゃったみたい。だって、ネコウィルスに罹りたくても罹らなかったんですもの………」
女は毛に覆われた体の、見えない部分に手をのばして、ファスナーをひっぱった。するとはらりと猫の表皮がはがれとれて、下から白い、すべすべした女の肌があらわれた。
「この恰好をしてると、正直に自分がだせるの」
それをきいたハヤオは、ネコウィルスを喜んだのは自分たち男だけではなく、人の姿をしていては満足に性的欲望を遂げられない世の多くの淑女たちにとってもまた、大歓迎なのだということを、このときはじめて知ったのだった。


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