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タックさん

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家族映画

16/03/28 コンテスト(テーマ):第104回 時空モノガタリ文学賞 【 映画 】 コメント:0件 タック 閲覧数:811

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映像にしか残らないものがあるというのが、父の信条だった。
そのために家には数多くのホームビデオが保管され、いつ何時でも家族の年月を回顧できるよう、DVDの形で階段横の物置に、それは今でも綺麗に並べられていた。
その、年代別に並列された記録は両親の結婚から生活、兄の誕生から僕の高校卒業に至るまでを余さずに収録し、僕たち家族の歩みを顕示していた。
記録として残された中には家族の切り取られた幸福が窺え、意識なく失われた記憶を、階段横の物置は劣化なく保存し続けていた。

薄明かりの中、安物のDVDプレーヤーの回転音が時おりの静寂の合い間に漏れ聞こえ、その動きに連動し、画面には流れるように風景が映し出されていた。
物置から居場所を移した数枚のDVDが部屋に擬似的な家族の集合を作り、明るく隙のないその映像を身動きせず、僕は両膝を抱えた姿勢で眺めていた。
眼前の、テープから移行させたであろう映像には若干のノイズが見え隠れし、経過した長い時を想像させた。
映像の、笑顔に満ちた当然に今より若い家族の表情は暗い部屋ではいやに眩しく感じられ、室内の静寂を、殊更に際立たせる効果を持っているようだった。

映像が光源としておぼつかなく自室を照らし、心情を慮ることなく過去は画面で動いて笑い、感情だけが、記録媒体には残されている感覚を抱かせた。
無思考の視聴の前にも映像の僕たちの思考は歴然として働き、その家族の未来への想見というものを、現在の僕は想起ができずにいた。

回転が停止し、画面が画一に黒く染まるたびに新たな円盤を入れ直し、淡々と過去を入れ替える作業が続く。

刻々と切り替わる画面は今なお住んでいる自宅の真新しかった映像から室外の光景へと移り、青く澄んだ空が、目に障るほど明快に画面には映写されていた。
その様子が記憶を呼び覚まし、沖縄に家族旅行に行った際のビデオだろうとの無感覚な予想を、画面右下の日付表示が裏づけ、僕が小学生の頃の映像であることを判じさせた。

間をあけてカメラは視点を変え、空よりも青さを誇示した海を大写しにした。
その海原からも短い間隔でズームアウトしたカメラは視点を徐々に近くし、対象が定まったことで、鮮明に形態を捉えた。

画面に映写されたのは、照れたように微笑んでいる、兄の姿だった。
当時高校生だった兄は、撮影者である父の質問にぼそぼそと答え、カメラから視線を逸らし、不明瞭な返答を続けていた。
しかし旅行を満喫している様子はにきびの目立つ顔からも明白に窺われ、その面影を残すかんばせが、今が過去の推移である事実を強く思わせた。その虚像としての兄が、記憶通りの兄に、他ならないためだった。温和で、家族に声を荒らげることもなかった兄は良く知る顔で過去にも笑い、同様に頼りない姿態で、カメラに身を晒していた。その泥のような再発見が、心に浅くないひびを与えた。

兄が背後を通り過ぎた影に振り向き、その方向に視線を投げているのが、新たな映像だった。
兄の目線を追ったカメラは小学生らしい肌の焼けた少女が走り去る様を記録し、間を置いた後に戻された視点に、兄は再び映り込んでいた。
その兄は姿勢を直すことなく少女の方向を見やり、促された後に姿勢を正す有様だった。
何事もなかったようなその姿態が、注意の中に見つけた兄の心情である気がしていた。

明かりのない薄闇の室内で、注意深く探るたびに、兄の痕跡は多く発見された。
それは、実体を知ることがなければ微笑ましい光景には違いなく、だが実情を知る人間にとっては直視も叶わない、冷酷で震えのくる温度のない映像だった。

正月に父の弟夫妻が訪れた映像において、幼い従姉妹を膝に乗せた兄は小さな背に手を添え、楽しげな笑顔を飾ることなく表出させていた。
旅行先で公園に立ち寄ったらしい映像において、転んで肘から血を流している関わりない少女に手を差し出し、兄は柔和な笑みを浮かべ、起立に力を貸していた。

そのどれも、ある意味においては僕の網膜とカメラのレンズが捉えてきた同一の兄に違いなく、性質の単純な気の優しい僕の実兄に相違ないものだったが、それだけに暗い室内での遍歴が思わせたのは救いのない冷然とした事実であり、自分の網膜への限りない不信感だった。
僕や家族の網膜、そしてカメラのレンズが映してきた兄は、実像の兄ではなかった。
少女たちに差し伸べた手の温度が意味を違えた瞬間を知らずにいた僕たちの目が映していたのは兄の虚像であり、演者としての兄であるという事実だった。
そのことが、今の僕たちを包み込み、自失に抑圧された家の中で、僕は感情の向かう先を失い、ただ思考もなく遍歴を続け兄を探していた。現実に希薄になった兄の根幹を、僕はどこか壊れた目で、見ようとしていた。

兄が少女三人を陵辱し、逮捕されたのは、つい先日のことだった。


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