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冬垣ひなたさん

時空モノガタリで活動を始め、お陰さまで4年目に入りました。今まで以上に良い作品が書けるよう頑張りたいと思いますので、これからもよろしくお願いします。エブリスタでも活動中。ツイッター:@fuyugaki_hinata プロフィール画像:糸白澪子さま作
性別 | 女性 |
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将来の夢 | いつまでも小説が書けるように、健康でいたいです。 |
座右の銘 | 雄弁は銀、沈黙は金 |
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このストーリーに関するコメント
16/03/28 冬垣ひなた
≪補足説明≫
画像はPixabayからお借りしました
16/03/29 あずみの白馬
冬垣ひなたさま、作品を拝読させていただきました。
素晴らしい作品だと思います。
独裁者ロッシュのために利用されるカール、だがそれを逆手に取る姿は心をうたれるものがありました。
最初のシーンからラストシーンへの生かし方も素晴らしいです。良作をありがとうございました。
16/03/31 冬垣ひなた
あずみの白馬さん、コメントありがとうございます。
字数の余裕もなく描写の足りない部分が多かったように思いますが、評価を頂き感謝します。
以前も芸術が弾圧される話を描いたのですが、今回はカールが飄々としたキャラクターなので明るい仕上がりになるよう頑張りました。気に入っていただけて、良かったです。
16/04/11 泡沫恋歌
冬垣ひなた 様、拝読しました。
どこか独裁者ヒットラーを彷彿させるロッシュの存在ですが、かの独裁者も自己顕示欲の塊のような人物だったようです。
もう自分の映画を作ろうなんて発想からして、胡散臭い詐欺師ですよね。
少ない文字数で時代性をうまく表現していると感心させられました。
たいへん興味深く読ませていただきました。
16/04/14 滝沢朱音
戦争礼賛の作品をつくったアーティストは数多くいたと思いますが、
自ら旗を振った人もあれば、カールのように強いられた人も多かったのでしょう。
でも、『ロッシュ』を作ったからこそ、名作『カール』がこの世に生まれた。
そのことこそ、もしかしたらカールがこの世に生を受けた意味でもあったのかもしれませんね。
重厚で深い掌編に、じっくりと考えさせられました…!
16/04/14 冬垣ひなた
泡沫恋歌さん、コメントありがとうございます。
『ロッシュ』と『カール』の行き着く先というのは似て異なるものだと思います。
この話を書く上で確かにヒトラーの存在は念頭にありました。
歴史上の人物を書く事も多い私ですが、違う設定に焼き直しすることで話を広げる、というのを今回は頑張ってみました。
滝沢朱音さん、コメントありがとうございます。
この話は当初悲劇の予定だったのですが、大幅に路線変更したため
今回は特に字数が足りなくて苦戦しました。拙作をそのようにお読みいただいて感激です。
彼に『ロッシュ』を撮り世界を変える勇気がなければ、『カール』もなかったはず。タイトルはそういう意味合いでつけました。
工場の近い大通りには煤けた空が広がっていた。帽子を目深に被った金髪の男が、屋台で買ったハンバーガーをかじり付いていると、誰かジーンズの裾を引く者がある。
「これ、おじさんの犬?」
見ると、見知らぬ少年が痩せた子犬を抱きかかえている。
男が首を振ると、「じゃあ、飼ってよ」と少年は聞いて来た。
少年のヘーゼルの瞳に映り込んだ男は、考え込んだ後自分の首から認識票を外し、チェーンを巻いて子犬の首にかけてやった。
「これは幸運を招く。お前の親父にそう言って飼ってもらえ」
男が背を向けて去った後、少年は認識票の名前を見た。
「カール・シュバルツ……?」
小国の独裁者ロッシュは自分をこよなく愛していた。テレビ、新聞、雑誌、あらゆるマスメディアにロッシュを礼賛させ、そうでない者は投獄されてゆく。国民は沈黙を守るしかなく、映画監督として諸外国まで名高いカール・シュバルツもまたその一人であった。
彼は時代を察して志半ば映画界を引退し、ささやかな暮らしを送っていたのだが、ある時よりにもよってロッシュ本人に呼び出される事となる。
「私の映画を作れ」
有無を言わせぬ命令だった。
カールは一人天を仰いだ。彼は天涯孤独の身の上であったから、世間のしがらみなどやり過ごせると思っていたのだが、どうやら甘かったようだ。
熟練した役者達の熱演で弾ける空気の渦。本物以上に設えたセットの数々と、小道具やメイクに至るまで細心の注意を払うスタッフの想い。カールは映画という媒体を観客を含め、心から愛していた。
それをロッシュのためにだと?カールは長らく苦悩した。
しかし、ある日を境にメガホンを取ってからのカールは別人のように生き生きと動き始める。
カールの人となりを知る人々は怪訝に思い、その理由を彼に尋ねた。
「ただ、撮りたい映画が出来ただけだ」
ロッシュの心変わりに、怒る者、悲しむ者、さまざまであったが、撮影は順調に進んでいった。
撮影はロッシュの生い立ちから始まり、場所は彼の邸宅にまで及んだ。カールの映画への情熱に気押されて、ロッシュも演説シーンなどで熱弁をふるい、数々の協力をした。
こうして映画『ロッシュ』は完成した。
情緒あふれる美しい風景の隙間に挟み込まれた、苛烈なロッシュという男のドキュメンタリー。若くして大望を抱き、国家の頂きへのし上がって行くその中で、特に目を見張るのは、鬼気迫る言論弾圧のシーンだ。人々を恐怖でコントロールする意図をもって入れられたのは明らかだったが、投獄された詩人やカメラマンが絞首台へ向かう姿に、多くの観客は涙せずにいられなかった。
悔しいが……『ロッシュ』は名作だ。
映画は、独裁者に敗北したのだ。
国民は苦々しさを噛みしめ怒りを露わに映画館を後にした。
だから、カールが栄えある映画祭を辞退するという知らせがマスメディアに届いた時はどよめきが起こった。そして先を争いカールにインタビューした。ロッシュは映画の宣伝になる事は大いに奨励していたので、これは誰もとがめるものがなかった。
『どうして映画祭に欠席されるのですか?』
「いや、お恥かしいし」
『素晴らしいじゃないですか!』
「いけません」
『何処がですか?具体的に』
「主役が下手すぎて……」
カールの言葉を理解した報道陣は、水を打ったように静まり返った。
「彼はペテン師としては一流だ、しかし二流の役者、三流の独裁者さ。彼に与えられる名誉など、未来を荷う者の眼差しには遠く及ばない。この国は今変わらねば、皆舌を抜かれる事になるだろう。『ロッシュ』は、この世にあってはならない作品なのだからね」
この間もカメラは回り続け、勇気を出したマスメディアはインタビューを全世界に発信した。
激怒したロッシュにより、カールは即座に逮捕、投獄され消息を絶った。
しかしその反響は大きくこの国に改革の風が吹きぬけるきっかけとなった。国の行く末を憂う優良企業をバックにつけた勢力により、ロッシュは数年後ついに失脚した。
そして成長した少年は俳優を目指し、愛犬と散歩する街角からは、高らかな自由の歌が聞こえるようになり……。
「カット!いいぞ」
男の鋭い声で、撮影現場の空気が緩んだ。
牢獄から生還した男の自伝映画『カール』の撮影は本日も快調だった。
少年がカールに大きく手を振る。
世界を変える映画を撮りたい。想いに気付かせてくれた少年の夢を叶え、カールは満足だった。
ロッシュは最後までカールを殺さなかった。殺せば自分が不利になると分からぬほど、愚かではなかったようだ。不思議かな、『ロッシュ』が彼を救ったのだった。
人生は、撮り直しがきかない。だからこそ一瞬が輝くのだ。
カールは濁りのない青空に向かってうんと伸びをした。