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ケイジロウさん

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臭豆腐と香港映画

16/03/28 コンテスト(テーマ):第104回 時空モノガタリ文学賞 【 映画 】 コメント:0件 ケイジロウ 閲覧数:695

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 蒸し暑いホコリまみれの工場での長い一日をいつも通り終え、オレは帰路についた。上海の方で賃金が上がり始めている、と今日湖南人が騒いでいた。ここ蘇州の賃金はまだしばらく上がらないだろう。周りのみんなは上海での転職を考え始めているようだが、オレはここを離れられない。この辺でオヤジが電気屋を営んでいて、オレがたまに手伝わなくてはならないからだ。
「・・・。」
「おう、おかえり。あのな、ちょっと相談があるんだがね。」
オヤジが店先でランニングシャツを腹の上まで上げてタバコをふかしながらそう言ってきた。もう夜の7時半だというのに蒸し風呂状態は収まらず、オヤジもオレもあぶら汗で顔がテカテカしている。客はいない。ここら辺に住んでいる人は、みんなバスで15分のところにある大型百貨店になんでもかんでも買いに行く。ここに客がくるのは電化製品の修理依頼くらいだ。
「・・・?」
「あのな、この辺にな、テレビを置いて毎晩映画を流そうと思うんだけど、どう思う?」
店先を指さすと、ランニングシャツがズレ落ちた。ビール腹の上の部分まで持ち上げながら、オヤジが聞いてきた。
「なんのために?つうか誰も来ないよ。みんなテレビもDVDプレーヤーもパソコンも持ってるから。好きな時に好きな空間で好きな映画を好きなだけ見れるんだし。こんなところに誰が見に来るんだよ?仮に誰か来たとしても、ウチのメリットは何だよ?そんなの無駄だね。無駄。」
 次の日、仕事を終え家に戻ると、昨日と同じようにオヤジは店先でランニングシャツを腹の上まで上げてタバコをふかしていた。昨日と違うのは、店先に大型テレビが配置されていることだ。オヤジは難しそうな顔をして、テレビの角度を調整していた。昨日のは「相談」ではなく「報告」だったようだ。<映画 毎日午後8時開始>とA4の紙に殴り書きしてテレビの下に張り付けてある。8時まで、あと10分だというのに、誰もくる様子はない。
 オレはぬるい瓶ビールをラッパ飲みしながら、映画に付き合った。観客は、二人。オレとオヤジ。香港のヤクザ映画を初日に持ってきた。オレたちは終始黙って映画を観た。映画が終わると、オヤジに何も声をかけず、家に入った。オヤジもこれで懲りるだろう。
 次の日、仕事を終え家に戻ると、昨日と同じようにオヤジは店先でランニングシャツを腹の上まで上げてタバコをふかしていた。昨日と違うのは、若者3人がテレビの前で地べたに座り込みビールを飲んでいることである。オヤジと中国の経済事情についての雑談をしている。オレは会話の邪魔にならないようにこっそりと家に入った。
 なんかおもしろくない。あの3人は映画を観に来たのだろうか?暇人がっ!
 オレは自室に入り、エアコンの電源を入れ、ビールの栓を抜いた。映画でも見ようか。オレはソファーの上で、ラップトップを腹に乗せ映画鑑賞をスタートさせた。外から笑い声が聞こえたが、オレは無視した。ビールが空になったので、一旦、映画を中断してビールを取りに立ち上がった。気になったのでカーテンの隙間からから外をのぞくと、かなりの人数の若者が集まっていた。20人はいたのではないだろうか。額に汗をかきながら目を輝かして画面に食い入っている。暇人がっ!オレはビールの栓を開け、先ほどのポジションにもどり、映画を再開させた。外からまた大きな笑い声が聞こえた。こちらの映画でも面白い場面だったので、オレも負けじと一生懸命笑った。
 外が気になるので、映画に集中できない。カーテンの隙間から外をのぞくと、炒飯の屋台が店の横で商売を始めている。臭豆腐屋のおばさんがビールを売りまわっている。50人くらいの若者が、小さい画面の中で繰り広げられているドラマを目撃しようと、ひしめき合っている。アルコール、タバコの煙、安い香水、汗、炒飯、臭豆腐の匂いが、オレの部屋に流れ込んでくる。オレはどうすればいいかわからなくなった。一時停止してある映画への興味は完全に消失している。
 別に腹が減っているわけではなかったが、5元札を握り、炒飯を求め外に出た。
 外は蒸し暑かった。あたりはシーンと静まり返っていた。VIP席のオヤジも、タバコを吸うのも忘れて画面を前のめりでのぞき込んでいた。炒飯屋のおばさんも商売を中断している。何人かの若者の目には光るものがある。
 次の瞬間、「ッワ―!!」と一斉に歓声が上がった。オレはビックリした。オヤジは7時半からきているVIP席の3人と握手を交わしている。画面を遠くからのぞき込むと、昨夜も流した香港のヤクザ映画のエンディングだった。オレを除くみんなは、何かを一致団結してやり遂げたような、満足そうな顔をしていた。
 オレは何だか重大な瞬間を逃してしまったような気分になった。
 炒飯屋のおばさんは、オレから5元札を受け取ろうとはしなかった。


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