1. トップページ
  2. 脳内シネマ

美月雫来さん

天然石アクセサリー作家をしております。子供の頃から空想好きで、読むことも書くことも大好きでした。色と彩に溢れた石達を紡ぐように、表現の場をさらに言葉の世界へと広げていきたいと思っています。

性別 女性
将来の夢 世界遺産を巡ること。
座右の銘 人生とはどれだけ呼吸したかではない。どれだけ心が震える瞬間があったかだ。

投稿済みの作品

0

脳内シネマ

16/03/28 コンテスト(テーマ):第104回 時空モノガタリ文学賞 【 映画 】 コメント:0件 美月雫来 閲覧数:929

この作品を評価する


閉館間際の図書館は、すでに人気も途絶えてひっそりと静まり返っていた。

アルバイトスタッフの女性は、資料の整理でカウンターを離れていて

わたしはいつものように、一人でパソコンの作業を終えようとしていたところだった。

・・・不意に広いロビーに響き渡る靴音が響いた。

今夜の最後の利用客がカウンターに近づいてくる気配。

振り返ると背の高い若い男性が何冊かのハードカバーの本をカウンターの上に置くところだった。

「ご返却ですね。」

そう声をかけると、黙ってその人は頷いた。

黒い帽子を目深く被っていて表情はよく見えなかったが、

その尖った頬骨のラインにはなんとなく見覚えがあった。

一冊一冊の本にバーコードリーダーを翳して返却作業を終えるまで

ほんの一分もかからなかっただろう。

最後の本のページを捲って確認したときだった。

本のページに挟まれている二枚の映画のチケットらしきものが目に入った。

「これは・・・?お客様のものですか?」

そう尋ねようと顔を上げたとき、

わたしはえっ?と思わず声をあげそうになったのだ。

ほんの数秒前までそこにいたはずの男性がどこにもいない。

図書館のホールはまるで水を打ったような静寂に包まれている。

いったいどうして?

わたしはバーコードリーダーを手に持ったままあたりを見渡し、

そして茫然とするばかり。

夢でも見ていたのだろうか。

・・・・いや、決して夢ではない。確かにその人はここにいた。

その証拠にここにその人が返しに来た本があるではないか。

そして、目の前にはその本に挟まれていた二枚の映画のチケット。

さらにその映画のタイトルを見た瞬間、今度は、声を失っていた。

思わず、そのチケットを握りしめたまま、わたしはカウンターを飛び出し、

やみくもに階段を駆け下りていった。

もうどこにもいるはずのない人の背中を追いかけて・・・。



あの日、約束の時間、約束の場所に彼は来なかった。

雨の日のバイクの事故だった。

まだ、ほんの21歳という若さで消えてしまった恋人。

「人は死ぬ間際にそれまでの人生が一本のシネマフィルムのように回想するんだって。

その映画を見ることができるのは、唯一、死にゆく瞬間だけなんだ。

僕らはそのほんの瞬きの一秒・・その中に一生分が凝縮された映画を見るんだ。」

「まるで星が瞬いた瞬間を見るみたいに?」

「そうだよ、星が光った瞬間は、遥か遠い過去の時間だから。

果てしない時空を超えてきた光を僕らは夜空に見ている。

宇宙から見れば、人間の人生なんて、一瞬の光のようなものなんじゃないかな。

星の数だけ、人の人生がある。その一生の時間は一瞬の光に凝縮されているのと同じ

銀河の果てで人知れずひっそりと星が生まれて、そして死んでいくのとよく似ている。」

最後にそんな会話を交わしたのは・・・あれはどこの海辺だっただろう。

振り仰いだその夜空は、手を伸ばせば掴めるのかもしれないと錯覚をおかしそうなほど

稀に見る美しい星降る砂浜だった。

人の一生を凝縮させた映画のフィルムはどこか遠い時空を超えた別の次元にある

倉庫に収められている・・・

そんな場所が、銀河の果てのどこかにあるんだと言った、彼の言葉は本当なのかもしれない。


約束の映画館は知らない間にとっくに廃館になっていた。

あの日、不思議な男性が残していった映画のチケットを手にしたまま、

わたしは人気のない、伽藍洞のような、かつて映画館だった廃墟の前に佇んでいる。

雨風に晒されたまま風化の果てに錆び付いた看板を見上げながら。

まるであの日の続きのように再びこの場所に戻っていた。

繁華街の喧噪や華やかなネオンの瞬きもここには届かない。

そのとき、遠くから一台のバイクが爆音を響かせて現れると、

やがてわたしの前で止まった。

バイクから下りたその背の高い男性はフルフェイスのメットを脱ぐと、

ゆっくりとこちらに向かって歩いてきた。

「遅れてごめん。」

「必ず来ると思っていた。」

「どのくらい待った?」

「一光年・・・。」

「そんなに長い間?」

「そう、ここであなたと一緒にあの日の続きを見たかったから。」

彼は黙って頷くと、わたしの手をしっかりと握りしめていた。

その映画館の名前は脳内シネマ・・・

永遠に途切れてしまった映画の続きが見られる唯一の場所。

目を閉じればいつでも、その映画館の映写室には灯りが灯る。

そしてまたあの日の続きが始まるのだ。

誰も知らないまに、ひっそりと消えてしまった遠い星の、

一瞬の光にも似た命の続きが。

小さなミクロの宇宙に無数の電流が爆発する。

彼が残していった未完のシネマに、永遠に終わりは来ない。


コメント・評価を投稿する

コメントの投稿するにはログインしてください。
コメントを入力してください。

このストーリーに関するコメント

ログイン