1. トップページ
  2. ファミリーサイズ

月村千秋さん

性別
将来の夢
座右の銘

投稿済みの作品

0

ファミリーサイズ

16/03/27 コンテスト(テーマ):第104回 時空モノガタリ文学賞 【 映画 】 コメント:0件 月村千秋 閲覧数:792

この作品を評価する

「大学生の特権は平日の昼間から映画を見れることだよ」
 冴島龍さえじまりゅうという俳優のインタビュー記事に僕は感銘を受けた。大学の講義が急遽休講になって、どうしようか迷っていたときのことだ。
 やりたいことには貪欲な僕はさっそく最寄りの映画館へと直行した。閑散としたロビーは薄暗く感じた。冴島はこうも言っていた。
「ただ映画を見るだけじゃつまらない。ポップコーンを山盛り買って、指先をべとべとにしながらコカコーラを飲み干すんだ。何十年前の消費スタイルだと思うよね。けど贅沢っていうのは愚かなことだと知りながらすることなんだ」
 別にその消費スタイルが愚かだとは思わなかったけれど、そういえば最後に映画館でポップコーンを頼んだのはいつだったかと考えているうちに、手元には抱くようにして持つファミリーサイズのポップコーンが存在していた。
 僕は特に見たくもない恋愛漫画の実写映画を選んだ。足取り軽やかに座席に移動するが、上映時間までに少しの間がある。逸る気持ちを抑えてそわそわしているとふいにトイレに行きたくなった。
 観客が少なかったためリュックは置いたまま貴重品だけ持って席を立った。しかし通路の階段を数段下りてから、照明が落ちたときのために座席番号を確認しようともう一度席に寄る。確認後に急いで階段を下りるが今度はハンカチをリュックの中に入れたままだったことに気付いて再度席に戻った。
 こうした小さなミスや焦りが事故につながるものだ。まどろこしくなった僕は座席の下に置いたリュックを勢いよく持ち上げるとその反動でとなりの席に置いたポップコーンを倒してしまった。どさっと、ポップコーンが床に落ちる。慌てて持ち直したものの、中身の半分ほどは犠牲になった。コンビニ袋に贅沢の残骸を拾い集めていると虚しさが込み上げた。
 トイレに何とか間に合った帰りに、僕と同じサイズのポップコーンを抱えた小柄な女性が前を歩いていた。ポップコーンを気にするあまり足下が疎かになった女性は見ているこっちが心配になる。
「あの、持ちましょうか」
 不憫になった僕は声を掛けた。
「なんですか?」
 声を掛けるタイミングを間違えたのかもしれない。こちらに反転した彼女は案の定つまづいて倒れそうになった。
「危ない!」
「きゃぁっ――!!」
 彼女を抱き留めると、ポップコーンは宙を舞って通路にぶちまけられた。座席の前に落ちた容器を持ち上げた。中身の大半は消えてしまっている。
「大丈夫ですか」
「え、あ、はい・・・・・・っあ、ポップコーン・・・・・・」
 彼女の切なそうな声に僕は不謹慎にも笑ってしまった。
「な、なにがおかしいんですか!」
 彼女は顔を赤くして訴えた。細い丸縁の眼鏡にウェーブのかかった茶色い前髪が揺れた。シルクのシャツには花の刺繍が施されている。
「あはは。すいません。実は僕もさっきポップコーンをこぼしちゃって」
「あ、そうなんですか?」
「ええ。そうだ、ビニール持ってきますよ」
 座席に置いたままになっていた残骸の入ったコンビニ袋を持参する。
「ほらね」
 袋の中を覗くと彼女も少し笑った。口元に軽く握った手を当てる上品な笑い方だった。どこかのお嬢様なのかもしれない。
「一人でこんな量食べきれないんじゃないですか?」
 彼女に袋を持ってもらって、僕は落ちた残骸を放り込んだ。
「贅沢は愚かなことを知りながらすることらしいですよ」
「それってもしかして冴島龍?」
 彼女は舌をぺろっと出した。僕もインタビュー記事を読んで愚かな贅沢をしたことを打ち明けた。
「なれないことはするものじゃないですね」
 僕らは袋をぱんぱんに腫らしてしばし笑い合った。彼女の座席は二つ隣の席だった。重なる偶然にほんの少し運命じみたものを感じないでもない。
 雑談の延長で大学名を僕が言うと、彼女も同じ大学だという。学部を聞くと同じ文学部。あまりに信じられなくて教授と講義の話をすると、あれは面白かったですね、と返ってくる。自分の交友範囲の狭さを改めて感じた。
「でも、ここまで同じだと少し恐ろしいですね」
「たしかに・・・・・・」
 僕は彼女に同意せざるを得なかった。高校は違うものの同じ市内の出身で、現在は一人暮らしというのも一緒だった。三人兄弟の真ん中という家族構成や美術部に所属していたこと、刺身は食べられないけど寿司は好きという食に関する好き嫌いも一致した。そして去年のクリスマスに恋人と別れたということも。
 もしも思考まで同じなら、僕と彼女は同じことを言いたいはずだ。
「あの、映画どころじゃないって思えてきたんですが?」
「奇遇ですね。私もです」
 僕らはどこまで同じなのか。それは多分愚かな問いで十分に贅沢だっただろう。余ったポップコーンをひとつに合わせて席を立つと、館内の照明は落ちて真っ暗になった。


コメント・評価を投稿する

コメントの投稿するにはログインしてください。
コメントを入力してください。

このストーリーに関するコメント

ログイン