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W・アーム・スープレックスさん

性別 男性
将来の夢
座右の銘 作者はつねにぶっきらぼう

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予告された自殺

16/03/24 コンテスト(テーマ): 第77回 【 自由投稿スペース 】  コメント:0件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:1165

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その夜、宗川敏夫から電話をもらった人間は、全部で5人いた。
ふだんからとくに親しくしている者ばかりで、男が三人、女が二人、宗川とおなじさる文学サークルのメンバーたちで、私立大学の教師が主催する季刊誌にみな、詩と小説を載せていた。
最初に彼から電話をもらったのは、世良梓で彼女は、宗川敏夫の元カノで、半年ほど同棲していたのが、二か月前、別れていた。性格が合いすぎた。それが別れた原因だった。目と目を見交わしただけで、相手の心の動きが手にとるようにわかり、別れた原因はそれが恐かったからだと言う。ポリ塩化ビニールでできた物同士を合わせて置いておくとほっておいてもくっついてしまうように、離れられなくなるのが恐ろしかったと、世良梓はあとでサークルのみんなに語った。電話は、そんな二人が別れてちょうど二か月後に、かかってきた。
「やあ」
その一言で梓には、宗川敏夫が死にたがっていることがわかった。相手にもそれは理解できたとみえ、それで二人、そのままなにもいわずに、電話を切った。
敏夫から電話をもらった二人目は、楊屋登だった。楊屋は、彼が自殺を考えていることをきくと、しばらく黙りこんだ。その沈黙の物語るものははっきりしていた。楊屋は以前から、自殺願望にとりつかれた人間を、どう説得してとめたらいいかを考察していて、それを作品にとりいれたいと思っていた。電話での敏夫の告白をきいて、彼の頭のなかにこれまでおもいうかべたあれやこれやの制止コメントがわっとわきおこった。しかしそのどれも、口にしたらそらぞらしいものになってしまいそうな気がして、結局、
「よせ、死んで花実が咲くものか」
と、ぶ厚い埃にうもれたような陳腐な文句を発してしまった。宗川敏夫はそのまま電話を切ってしまった。
三人目の相手は、メンバーのなかではムードメーカー的な存在の音馬カネコだった。
敏夫の自殺への意志がどれほど堅固であろうとも、どんな場にあってもその持ち前のキャラでたとえ葬儀の場においてさえ、自分の周囲を明るくさせずにはおかない彼女なら、まちがいなく彼をおもいとどめることができると、誰もがそう確信しにちがいない。ところがこの時に限ってカネコは、いつものじぶんの底抜けの陽気さにふたをして、あろうことか言葉ぎびしく、憤怒の色さえ込めて、電話にまくしたてたのだった。
「死にたいのなら、勝手に死んで。あたし、あなたの相手をするほど暇じゃないの。みんな必死に生きてるというのに、なに甘ったれたこと言ってるの―――」
そういって彼女は、一方的に電話を切ってしまった。
四人目は、宗川敏夫から電話はもらっているものの、そのとき、と言うかいつもだが、ぐでんぐでんに酔っぱらっていて、まともに返事もできない有様だった景岡という男だった。
宗川から電話があった5時間後の深夜に、じぶんの家のベッドではげしい胸さわぎとともに目をさました彼は、着信履歴をみて、宗川から電話があったことをおもいだした。宗川がなにか彼の人生上できわめて重大なことを話していたことが漠然と蘇った。かれはすぐ本人に電話をしようとおもったが、へべれけに酔っていたことがきまり悪く、メンバーのひとりの、山田に電話をかけてみた。直感で、きっと彼も宗川から電話をもらっていると読んだのだった。はたして山田は、
「あいつ、自殺するっていってた」
山田は景岡のつぎに宗川から電話をもらった人物で、宗川がぽつりと、景山は話にならないとぼやいていた事実を告げた。
「彼、ほんとに死ぬつもりだろうか」
「わざわざ電話でみんなにしらせたぐらいだから、死ぬんじゃないか」
山田の言葉に景岡はこの瞬間、おれが酔っぱらっていたばかりにと、宗川の自殺の原因がまるでじぶんにあるような思い込み方をしたのだった。

翌朝、宗川敏夫から電話をもらった5人が5人とも、自宅の部屋で死んでいた。
世良梓は、彼から電話をもらった瞬間に、彼が死ぬことをのぞんでいると知ると、まるで遠隔操作のように彼の意志がじぶんを死へと導いていくことを自覚した。それこそまさに彼女が敏夫から別れた理由にほかならなかったが、電話から伝わってくる敏夫の声をきいたとたん、激しいゆれもどしがあらがいがたい力となって彼女をとらえたのだった。
楊屋登の場合は、例の門切り型の文句をいってからというもの、宗川を思いとどまらせるべきもっと適切なアドバイスはなかったのかと煩悶した。そして、自分を自殺者の立場に置き換えて考えているうち、だんだんと彼自身のなかに、自殺への願望がかたまりはじめたのだった。
音馬カネコの自殺の原因は、あのときなぜ自分のもち味である能天気な明るさを発揮することができなかったかという後悔の念にかられたことはあきらかだった。
景山は、山田からきいた宗川のじぶんにたいする非難に、アルコールに逃げるのが習い性となっているおのれがつくづく嫌になったあげくの自殺だった。
ただ一人、山田だけが、なぜ死ななければならなかったかの、理由が判然としなかった。あとでわかったことだが、彼だけがあとで、5人のメンバー全員に電話をかけてまわり、宗山の自殺をとめてやるように必死にたのみこんだのだという。しかしみんな、それができなかったことで自責の念にかられているのがわかると、非常な落胆ぶりだったらしく、おそろらく、それが彼の自殺の原因だったのではと、後日になって彼をよく知る連中は話し合った。
5人の死を一番悼んだのは、いうまでもなく宗山敏夫だったのはまちがいない。彼だけが自殺をおもいとどまった唯一の人間だったのだ。じつをいうと彼は、5人に電話をしてからというもの、かれらの様々な反応に触れるうち、自分自身の自殺への理由がしごく昧模模糊としたものに感じられだし、そのうち混沌となってきて、楊屋のせりふではないが、「死んで花実が咲くものか」とひとりつぶやき、ぷっとふきだしたとたん、なにもかもがばかばかしくおもえてしまったのだった。


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