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キップルさん

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悪役の喜び

16/03/19 コンテスト(テーマ):第104回 時空モノガタリ文学賞 【 映画 】 コメント:0件 キップル 閲覧数:1186

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「いいか。裏切り者には天罰が下る。久松のようになりたくなかったら、よーく肝に銘じておけ!」
「は、はい。若頭!」
《カット!》

 俺は俳優の中村陽太郎。今は刑事モノ映画の撮影中で、俺はやくざの若頭を演じている。この仕事もそうだが、どういうわけか俺には悪役がよく回ってくる。恐らく、筋肉質で背が高く、一重で目つきが鋭いためだろう。
 だが、本来の俺は小心な臆病者だ。人前で何かするのが苦手で、学生時代、教師に当てられるたび、喉から心臓が飛び出しそうなほど緊張した。それでも何とか俳優ができるのは、台本があって、役割を与えられているからだ。もし同じ撮影の場で、突然、「自分の趣味について語ってくれ」なんて言われたら、テンパってまともに言葉が出なくなるだろう。
 そんな俺の楽しみは、近所の路地裏に住み着いた野良猫に餌をやることだ。そいつはクリーム色の毛に所々ブチが混ざっていて、目元に切り傷がある。お世辞にもかわいいとは言えないが、人懐っこく妙な愛嬌がある。お腹をなでると、「ナー」と野太い声で鳴き、あくびする。俺はそいつを「スピカ」と呼んでいた。俺は家に帰るとき、スピカのところに行って、食べ物を与える。最近じゃ、スピカも俺の姿を見た途端、近づいてくるようになった。
 撮影を終え、猫用のかつお節を買った俺は、いつもの路地裏を覗いた。すると、スピカが五、六人の中高生たちに囲まれていた。

「オラ、この不細工。悔しかったら反撃してみろよ!」

 彼らは口汚い言葉で罵りながら、蹴飛ばすたびに悲痛な声を出すスピカを笑っていた。それを見た俺は怖くなった。足が震えて動けない。ごめん、スピカ。路地裏から目を逸らした俺は、向きを変えてその場を去ろうとした。

「なぁ、そろそろバラしちゃおうぜ。」
「そうだな。おい、この不細工押さえてろ。」

 ところが、中高生たちの不穏な会話を聞いた俺は思わず振り向いた。すると、リーダー格と思しき少年が、カッターナイフを持っていた。少年がそれを振り上げ、スピカに向けて振り下ろそうとした瞬間、俺は叫んでいた。

「ガキども、そこで何してる!」

 中高生たちが一斉に俺の方を向いた。俺は、「ああ、やっちまった」と思い、頭が真っ白になった。しかし、大きく深呼吸し、覚悟を決めた俺はやくざの若頭になりきり、わざと少年の方へゆったり歩いて行った。

「おっさん、何か用?」

 対面した少年は俺を見上げ、不機嫌そうな声で呟いた。

「それ、わしの猫なんじゃ。返してくれんかのう。」
「へぇ、この汚い猫、おっさんのなんだ。」
「ああ、そうじゃ。お前ら、ずいぶんスピカをかわいがってくれたようじゃの。」

そう言うと、二、三人の中高生たちが俺に近づいてきたが、一瞥して睨むと、ピタリと動きを止めた。

「今、楽しみの邪魔されて、すげームカついてんだけど、どうしてくれんの?」
「お前ら、悪いことは言わん。もう帰って、ママのおっぱいでもしゃぶっとけ。わしも暇じゃないんじゃ。」
「おっさんもこの不細工みたくボコられたいの?」

 ふぅー。俺の忍耐ももう限界だった。

「これ以上余計な事抜かすと、てめーら全員ドタマかち割って、二度とお日様拝めんようにするぞ! 腹が立ってるのはこっちも一緒じゃ。ガキだからって容赦はせんぞ!」

 俺は渾身の力を込めてリーダー格の少年に言い放った。少年は後ずさりし、取り巻きたちがざわついた。ただならぬ迫力に気圧されたのだろう、

「き、気持ちわり―おっさんだな。おい、行くぞ。」

顔を歪めた少年がそう言うと、中高生たちはすぐに引き上げていった。
 残された俺は、優しくスピカを抱き上げた。身体中傷だらけのスピカは、お腹をなでると、丸まって大きくあくびした。俺は、「悪役をやっててよかった」と初めて思った。

「本日は、特別ゲスト、中村陽太郎さんをお呼びしました。拍手でお迎え下さい。」

 それからも順調に悪役―冷血非道の借金取り、拝金主義の悪徳弁護士など―をこなし続けた俺は、数年後、あるパーティに呼ばれた。

「…、我々の間で知らぬ人はいない、カリスマ的存在です。それでは中村さん、お願いします!」

 簡単に経歴を紹介した司会者が俺に話を振った。会場にいた百名ほどのスーツ姿の男性たちが一斉に壇上の俺を見た。その鋭い眼差しを見れば、彼らが過酷な世界を生き抜いてきたことは容易に想像がつく。

(ああ、何で俺がこんなところにいるんだろう。やっぱり本職の人たちは怖いや…。)

 後ろのボードには、「祝○○組 新組長就任披露パーティ」と大きく掲示されていた。

「最初は、悪役を演じることに戸惑いがありました。でも最近は、それも悪くないなって思えるようになったんです。」

 俺はこわもての兄ちゃんたちを前に、胸を張って話し始めた。


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