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ちほさん

心のあたたかくなるお話を じっくりと書いてみたいです。

性別 女性
将来の夢 童話作家。
座右の銘 たいせつなのは、どれだけたくさんのことを したかではなく、どれだけ心をこめたかです。(マザー・テレサ)

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ジンベイザメと少女

16/03/19 コンテスト(テーマ):第105回 時空モノガタリ文学賞 【 水族館 】 コメント:0件 ちほ 閲覧数:922

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 俺は、水族館内を歩き回っていた。……正直つまらん。薄暗い館内の水槽を泳ぐ色も形も大きさも様々な魚たち。平和だ。館内に客は俺しかいない。一回りしたら帰ろう。一緒に来るはずだった明美には、ジンベイザメのぬいぐるみでも買ってあげようか。彼女は、この水族館に来たことはない。彼女の感性なら「面白い!」と喜ぶかも。などと思っていると……いた! 俺以外の客! 
 一人の少女が、七色の光が次々と変化していくクラゲの水槽を見ている。十二歳くらい。彼女を観察すると、変なところがある。何故かカーディガンを羽織ったパジャマ姿であること。そして、この年齢で一人きりなのもおかしい。親か友達が一緒のほうが普通だろう。はじめ俺は、彼女はクラゲを見ているのだと思っていた。でも、だんだんそうではないのだと気づいた。彼女は、クラゲの美しさに魅了されてはいない。時々、館内の奥に目を向ける。そしてクラゲの水槽に目を移し、次に自分の手元をジッと見つめる。その後、またクラゲを見てから、素早く館内の奥に目を走らせる。落ち着いてクラゲなど見ていない。ふいに彼女が、クラゲの水槽から離れた。とことこ奥へと歩いていく先には、『ジンベイザメの道』がある。十二歳以下の子どもには刺激が強すぎて、親が同伴でないと見学できないところだ。一人でそこへ行くつもりか? 
 止めるか? 止めるべきだろう。でも、『ジンベイザメの道』を見ていた彼女の瞳に力強い意志を感じた。何かしらの理由でジンベイザメに立ち向かおうとしているようだ。彼女の歩みを妨害すると、彼女の中の何かを壊してしまいそうで怖かった。
 『ジンベイザメの道』に彼女が足を踏み入れ、数秒後に悲鳴が上がった。俺は彼女の後を追い『ジンベイザメの道』に駆け込んだ。眩暈がした。海の中と錯覚して、呼吸が苦しくなる。ここは上も下もない。周り全てが海水で満たされた硝子のトンネルだ。名も知らない魚たちが透明度の高い水中を自在に泳ぎ回り、自分たちの世界に生きていた。怖いと思った。足が動かないくらい。一歩も動けないほどの恐怖だった。なんとか動こうとしている間中、少女の悲鳴が止まらない。彼女に視線を向けると、世界一大きな魚・ジンベイザメが彼女に大きな口を開けて迫っていた。……大きすぎる。体長10メートルか。俺でも怖いのに、小さな彼女はきっともっと怖いだろう。俺は、なるべく周りを見ないように這うように走り、彼女を抱き上げ、『ジンベイザメの道』から脱出した。
 二人とも床にへたり込んでしまった。二人とも息が乱れていて、なかなか何かを話すということが出来ないでいた。突然、彼女がポロポロ涙をこぼした。
「どうしたの?」
 俺は声をかけた。彼女は怒りを込めて「ジンベイザメに負けたの!」と叫んだ。……ジンベイザメに恨みがあったらしい。彼女は、淡々と話した。
「一年前、この水族館でジンベイザメを見てびっくりして気を失ったの。でね、なかなか気がつかないんで、お母さんもお父さんも心配して、わたしの体をお医者さんに見てもらったの。そうしたら、悪い病気が見つかってね。それで入院しているんだけど、ジンベイザメのせいで病気になったと思い続けていたの。じゃあジンベイザメに勝てばいいんだ、と思ったの」
「そうすれば病気が治ると?」
 彼女は、真剣な顔で頷く。
「なのに、わたしときたら……」
 俺は笑った。
「勝っているじゃないか? 君は怖くて泣いたわけでもないし、気を失いもしなかった。悲鳴を上げても立派にジンベイザメと対決していたよ。君は凄いよ。俺なんか入口付近で腰を抜かしてた」
 今度は、彼女の方が笑う。もう涙はない。
「ありがとう、お兄ちゃん」
 彼女は立ち上がると、パンパンとパジャマについた埃を落とす。
「明日、手術なの。ジンベイザメに勝てたから成功間違いなしだわ」
 そこへ、彼女を呼ぶ声がした。母親だ。少女は駆けていく。さよならも言わずに。だから、元気になった彼女にまた逢えるような気がした。
 それから一ヵ月後、俺は明美と水族館の入口に立っていた。
「じゃあ、行こうか」
 彼女に手を伸ばした時、誰かが俺にぶつかってきた。
「あら、ごめんなさい」
 見ると、あの子だった。
「あ、お兄ちゃん。わたし、ジンベイザメに逢いに行くの。手術に勝ったわたしは、今や最強の女よ。ジンベイザメなんか目じゃないわ! すごい?」
「すごいよ。立派なもんだね。おめでとう」
 俺は、ぐりぐりと彼女の頭を撫でてやった。彼女は、満足げにくふふっと笑った。


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