1. トップページ
  2. 高速で駆け抜けた男

草愛やし美さん

時空文学コンテスト開催100回、おめでとうございます。思えば、初めて私が、こちらに投稿したのは2012年5月のこと、もう4年近く経ったのですね。時空モノガタリさまが、創作の場を与えてくださったお陰で楽しい時間を過ごすことができました。感謝の気持ちでいっぱいです。 また、拙い私の作品を読んでくださった方々に感謝しております。 やし美というのは本名です、母がつけてくれた名前、生まれた時にラジオから流れていた、島崎藤村作詞の「椰子の実」にちなんで……大好きな名前です。ツイッター:草藍やし美、https://twitter.com/cocosouai 

性別 女性
将来の夢 いっぱい食べて飲んでも痩せているっての、いいだろうなあ〜〜
座右の銘 今を生きる  

投稿済みの作品

3

高速で駆け抜けた男

12/08/30 コンテスト(テーマ):第十二回 時空モノガタリ文学賞【 オリンピック 】 コメント:8件 草愛やし美 閲覧数:3160

この作品を評価する

 男は先ほどから自室で悶々と呟き続けていた。
「何てことだ、医者はこれ以上走るなと言った。オリンピックを夢見て誰よりも練習した結果がこれだというのか……」
 2年前、男はマラソン界で注目を浴びた。オリンピックに出場できる逸材だとあちこちのマスコミに騒がれたが、それがいけなかった。練習時間を増やしたことは却って足を限界に導いてしまった。あれほど騒いでいたマスコミは潮が引くように去ってしまい、男に残されたものは落ちこぼれという烙印だけだった。子供の頃からオリンピックという魔物に振り回されてきた男の末路だった。夢物語が現実に変わるかと思えた時、魔物が本性を現したのだ。
 
 魔物に取り憑かれた憐れな男は今まさに、自らの命を抹殺しようとしていた。ロープをドアに掛けた時、背後で声がした。
「わくわくするね、首くくりっていうものかな。地球ではそうやって自殺をするんだな。それで、そのロープに一気にぶら下がるのか?」
「誰だ!?」
「君は死ぬのだから気にするな」
 その姿を一目見た男は驚いて息を飲みこんだ。
「異星人!」
「まあ、そんなとこだ、君に説明したって信じないだろう。気にせずやってくれたまえ。おや、手が止まってしまった。早くやりなさいよ、忙しいところを待っているんだから」
「何で俺のところに来たんだ。出て行け、一人で逝きたいんだ」
「まあそう邪険にするなよ、地球人はいかなる時に自ら死ぬのかを、恒星論文に書こうと考えているのだ」
「あんたに俺の気持ちなどわかるもんか」
「わからんな、どうしたらそんな気になるのか。教えてくれよ、死ぬ前に聞いてやろう」
「言いたくない」
「さっき君は、オリンピックに出場できないとか呟いていたな。オリンピックっていうのはそれほど凄いことか? 地球人の生態はオリンピックに興味があると書き込んでおこう。それで、それはどれくらいの程度のものなのだ?」
 異星人は分厚いノートを取り出すと盛んに何かを書き込み始めた。
「どういう場合自殺するのかという事例をこの論文用ノートに書きたいんだ。早くやってくれたまえ、自殺で命を絶つシーンは私には初めてことなんだ」
「見世物じゃないぞ、死ぬのはやめた」
「何だって、やめた。せっかくの実例なのに残念だ。仕方ない、それならオリンピックに参加する者の実例を調べて書くことにしよう。オリンピックに出場させるからその心境を記録させてくれ」
「えっ! あんた俺をオリンピックに出せるっていうのか、ハハハ、冗談言うなよ無理に決まってるだろう。この役立たずの足でどうしろっていうんだ。選考会だってとっくに終了したというのに、馬鹿か」
「大丈夫だ、ここへ来る前に地球そっくりな星に私は寄ってきた。姉の研究通り時空を超えた先にその星はあったよ。そこのオリンピックならまだ間に合う、保障するよ」
「もしかして、それって、パラレルワールドっていうものなのか? まさか、そんなこと本当に存在するものか」
「お前の言っているパラレルとは違うのだが、まあほとんど同じと思っていいぞ、その星を裏地球とでも呼んでおけばいい。そこへ連れていってやるよ、立派なオリンピックにお前は出場できるだろう」
 いつの間にか、男は異星人と一緒に、正六角形の模様が刻まれた宇宙船に乗っていた。男は裏地球に着いたと言われたが、俄かに信じられかった。だがそこは本当に地球そっくりの星だった。だが時間経過単位が大きく違っていた。男の見た裏地球人の動きはかなりスローだった。
「一体どうなってるんだ、この星の動きは相当遅いぞ」
 そう話す男の言葉はまるでDVDの早回しのように流れている。この男の時間だけが表地球時間で経過しているのだ。男が超スローテンポで歩くだけで疾風のように走ることになる。当然、男がその星のオリンピック競技に出場することは容易いこと。男は星の競技記録を大幅に塗り替え出場競技全てで金メダルを取った。

 男はその星に住めることを喜んだ。だがその数年後、男の顔には深い皺が刻まれていた。男は異常な速度で年を取っていた。地球時間で生きていた男にはすぐに死期が迫ってきた。臨終の場に駆けつけた異星人に向かって男は言った。
「ありがとう、あなたのお陰で幸せな人生を送ることができたよ……」
 感謝しながら事切れた男を見下ろした異星人は悲しそうに呟いた。
「申し訳ないことをしてしまった。論文製作に貢献してくれた君を地球に帰してやりたかったが間に合わなかった。姉の乙姫の話によると、昔、君と同じようにこの星にきた浦島太郎という男は地球に帰れたそうだ。姉の話を聞いて、急遽、玉手箱という年齢維持装置を買ってきたのだが遅かった。君は推定年齢110歳というところかな……」
 異星人は論文用ノートに最後の記録を書き込むと亀形をした宇宙船に乗り飛び去っていった。

  了


コメント・評価を投稿する

コメントの投稿するにはログインしてください。
コメントを入力してください。

このストーリーに関するコメント

12/08/30 toruchann

久しぶりに 愛ワールド 堪能
今宵も 美味い 酒が・・・・・

感謝

12/08/31 そらの珊瑚

草藍さん、拝読しました。

面白かったです! 浦島太郎は日本最古のSFだと思っているので、結末まで読んでこれはもう納得です。
もしかしたらボルトはもう一人の「高速で駆け抜けた男」かも? なんて思ったりして…。

12/08/31 泡沫恋歌

草藍さん、拝読しました。

異星人の論文作成の手伝いとはいえ、、オリンピックに参加できた、
この男は満足して死ぬことが出来たことでしょう。

ああ、もう少し玉手箱が早く届いたら良かったのに・・・

けど、納得できる結末でした(笑)

12/09/10 草愛やし美

toruchannさま
読んでくださって嬉しいです。
いつも暖かい応援いただき励みにしております。ありがとうございます。こちらこそ感謝いたしております。礼

12/09/10 草愛やし美

そらの珊瑚さま
やはり珊瑚さんもそう考えておられたんですね。あの話はどうみてもSFの原点だと思います。ボルトはよその星の方? この発想面白いです。オリンピックの魔物はもしかしたら……亀のせい(爆笑)

12/09/10 草愛やし美

泡沫恋歌さま
いつも読んでくださり、コメントをありがとうございます。
この男の人はオリンピック命の人でしたから、人助けになったと思います。でもこの星なら私たちでも金メダルかもですよ。違う星に行きたくないので遠慮しますが……汗。

13/03/20 kotonoha

あのとき死んでいたらこんな素晴らしい体験はなかった。
異星人の論文作成の手伝いとはいえオリンピックに参加出来たのだから大満足に違いないでしょう。

死のうと思っても他人から死ね死ねと言われたらなかなか実行できないものらしい。不思議な世界を見たようないい読みものでした。

13/05/16 草愛やし美

月見草さん、コメントありがとうございます。
そうらしいですね、自殺幇助というのがありますが、反対のほうが死ぬたくなくなると聞いたことあります。皮肉なものですね、人間は基本、あまのじゃくさんにできているのかしら?

ログイン