睦月 希結さん

駄文ですが、お付き合いの程を。 素敵な創作を拝読しつつ至らなさを痛感しています。精進・精進。 色々ご指摘真摯に受け止めさせて戴きます。 勿論お褒めのお言葉・ポイント等は24時間受け付けております・笑。

性別 女性
将来の夢 元気に、程々長生き。ポックリ祈願。
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憧憬

16/03/14 コンテスト(テーマ):第105回 時空モノガタリ文学賞 【 水族館 】 コメント:2件 睦月 希結 閲覧数:783

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 「凪子という名前は海の近くで生まれたからなんです」と見合いの席で教えてくれた。
父親が海にちなんで名付けたが、当の本人は金づちだ。生まれつき病弱だったので、激しい運動を親に制限された。「名前負けですね」と笑う姿に惹かれた。
 
 どちらかと言えば仕事主義で家の事は顧みなかった。
定年も近くなり流行りの熟年離婚を避けようと慌てて妻孝行をしようと思った矢先、凪子に癌が見つかった。
 相当の痛みがあるはずなのに それを悟られず、誰に対しても穏やかに接している。
だが今日は薬の副作用のせいか苦しそうに顔をしかめながら「待って。私も連れてって」「お願い! 十分気を付けるから」と呟く。
幼い頃 兄弟が波間を魚のように自由に泳ぐ様を、日除けの影で眺めているだけだったらしい。
 自分の命が残り少ないのを本能で感じ、幼き頃の夢を見ているのか? 目の前に広がる海に身を委ねることが出来ない もどかしさを思い出して。
苦しむ姿は見せたくないだろうと思い そっと病室を出る。
凪子の願いをかなえたいが実家は あまりにも遠過ぎる。
だが残り少ない時間を悔いのないように過ごさせてやりたい。
私はまだ何もしていない。これから先も二人で居られるはずだったのに。
 
 名案はないかと思いを巡らせてると「こんにちは」と顔見知りに声を掛けられた。
孫の自慢を延々と聞かされるので苦手だ。子供が授からなかったのを妬んでないが、頻繁は困る。
「これ見て下さいよ。娘が送って来た孫の幼稚園の行事の様子なんですがね」とスマホを手に満面の笑みを浮かべる。
軽くあしらい、早く良い知恵をと「ほぉ〜では拝見させて下さい」と興味のある振りをして覗き込む。
「これは…」そこに写っているものに解決の糸口を見つけた喜びと興奮に胸が震え「有難うございます!!」病院なのを忘れ大声を出し注意された。

 数日後「先生に散歩の許可を戴いたんだ。少し外に出てみないか?」と言うと凪子は驚いていたが微笑んで頷いた。
凪子を車椅子に乗せて玄関へと向かう。外は騒がしく沢山 人が集まっている。凪子は不思議そうに私を見上げる。
「大丈夫だ。心配いらない」そのまま歩を進め自動ドアを開けた。
 玄関前には2tトラックが横付けされ、側面には青と白で海流をイメージした背景に魚・ヒトデ・珊瑚など色鮮やかな海の生き物たちが描かれている。
車の前にはスロープ付きの台も用意されていた。
「あなたこれは?」凪子は再び私を振り返る。
「本当はお前を海に連れて行ってやりたいが無理だ。それならと水族館に来てもらったんだ」

 合図と共に機械音がし、側面のパネルが鳥の翼のように大きく開き、周りから大きな歓声と拍手が巻き起こる。
全てが上がりきるとそこには白い砂が敷き詰められ、珊瑚や水草などをあしらった大きな水槽の中に沢山の熱帯魚がいた。
戸惑いを隠すことなく辺りを見渡す凪子を勇気づけるように、車椅子を押してスロープへと向かう。

 ガラス越しの熱帯魚たちを凪子は子供のように目を輝かせて見ている。
「これがカクレクマノミ。こちらはエンゼルフィッシュです」係りの人の説明にも熱心に耳を傾けながら視線は前を見つめていた。
今、凪子の頭の中は、この水槽の魚たちと一緒に青く澄んだ海を思う存分泳いでいるのだろうか?
それから暫くして、他の入院患者や子供たちも順番に列に並び、小さな海を満喫したようだ。

 部屋に帰ってもまだ夢見心地で心ここに在らずと言った雰囲気の凪子を見ていると、自分も嬉しくなった。知人に感謝だ。
「そう言えば どうして私が海を見たいことを、ご存じだったんですか?」ふと我に返った凪子に問われる。
まさかうわ言を盗み聞きしたとバレたらまずい。ゴホンと咳ばらいをし「それは夫婦なんだ。お前の考えてることなどお見通しだ」と虚勢を張る。
「まぁ」と静かに微笑み「本当に今日は有難うございます。もう思い残すことはありません」と言うのを聞いて。
「馬鹿な事を言うな!! 本当の水族館には、もっと色んな魚や生き物が沢山いるんだ。ペンギンやイルカのショーも見に行くぞ!」
と大声を出して、また看護師さんに叱られた。その様子を凪子は「まるで子供のようだ」といつまでも笑っていた。

 数日後 凪子は苦しむことなく眠るようにその生涯を閉じた。
彼女の棺には、水族館のお礼にと、子供たちが描いてくれた沢山の絵やその時撮った写真も一緒に納めた。
 そして今、私は生前の遺言に従い一部を散骨するために船で沖へ出ている。
「凪子。これでお前は自由だ。さぁ思う存分海の中を泳ぐが良い」
白い小さな珊瑚のカケラの様な遺骨を海にまき献花する。
今更ながら「凪子好きだ。愛してるよ」一人漂う水面を見つめて呟いた。
そして私は繰り返し凪子の笑顔を思い出すだろう。
海に憧れた少女の笑顔を。



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このストーリーに関するコメント

16/03/29 睦月 希結

 小狐丸さまいらっしゃいませ。コメント有難うございます。テーマに沿った話を書けるかと初めは逃げ腰でした。普通の水族館デートは被りそうなので・笑。無い知恵絞りました。その後凪子さんの海が見たい動機を考えるのも難儀しました。お値段は15万円位で小さなプールで直に触れる生き物もレンタル出来るそうですが描写が長くなるし、病院なので割愛しました。ペンギンを貸し出す会社もありました。ビジネスって凄いですねぇ〜。

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