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タックさん

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無反応の同衾(欲望の代替物)

16/03/14 コンテスト(テーマ):第103回 時空モノガタリ文学賞 【 同棲 】 コメント:2件 タック 閲覧数:1154

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「さあ、服を脱ごうか、美晴ちゃん」
そう言うと彼は薄手の上着に手を掛け、優しく脱がしはじめた。
腕の中では物言わず、色白の女性がその背をもたせかけていた。



とかく、人は孤独を恐れるものである。自分は一匹狼だ、孤独など恐れるに足らずと咆哮してみたところで、結局はそれは数少ない燃料を消費しての惨めな鼓舞に過ぎず、いずれは燃料の枯渇をまねき、精神の枯渇をまねくは必然である。ひとりよがりな強がりという防護壁は脆く、風雨に弱く、材質はスポンジで作られている。ゆえに、小さなひびから瞬時に決壊し、瞬く間に崩壊を見せる。つまりは、不可能なのである。人が孤独を、超克するということは。

人は、他者の存在なしには生きられず、他者への投影なしには自身の構築すらも危うい。人が人として生存するには他者の親近が肝要であり、人肌の温もりという拠り所が、絶対的に不可欠なのである。特に、人が希求するのは、愛である。異性、同性に問わずいわゆる恋より深い愛情を人は欲し、求め、素養と行動とを持って、手に入れようと試みる。自身を望み、自身を慕い、際限のない包容力のもと、自身を受け入れる相手。そうした存在に人は憧れ、またそれは人が人である限り、逃れえぬ本源的な願望に他ならないのである。

だが、しかしである。
愛は望んだからといって、容易に入手可能なものだろうか? 
答えは、否である。

元々が両性具有者であった人間は神によって分かたれた後、男は女、女は男というように自らの半身を探し、この世を彷徨っているとされている。愛の根源とはつまり自分自身への回帰願望であり、いかなる人間であれ、合致する半身が下界には存在する、はずである。
だが、現実はどうであろうか? 自身の半身どころか手を繋ぐ相手も見当たらず、満たされぬ欲求を、自らによる介助でむやみに消費する者も巷には多い。利き腕は果てのない行為に終始し、夜な夜な悲嘆の声を垂れ流す者もまた、世には多く潜在しているのである。伸ばした手は虚空を掴み、突き出した唇は、ただペットボトルに触れるのみ。万人の欲する愛は、万人にはけして与えられぬ、選ばれた者のみが賞玩する甘露である。それもまた人が人である限り、受け止めねばならぬ、回避の叶わぬ、現実の一側面なのである。

――さて。本題に、移るとしよう。
これまでの話は余談に過ぎず、冗舌な私の、一人語りに過ぎないのである。本当に私が描きたいのは、一人の男についてだった。そう、冒頭に登場した、色白の佳人を脱がさんとしている彼、彼を私は、愛の一形態を活写せんがために、再び登場させようと考えている。彼の一生活を盗み見することで寛容さと多様さに定評のある愛を描写せんと、企図しているのである。

「……ああ、美晴ちゃん。可愛いよお、美晴ちゃん」
「…………」

――前記。私は彼に抱かれた女性を色白の佳人と評し、またそう表した。その表現には誇張もなければ偽りもなく、彼女が歴とした美人であることは、平常の感覚を持つ御仁であれば容易に同調するものであろうと存じている。
ただし、彼女に魅力を感ずるか、と問えば、首を傾げる御仁も現れるには相違ない。
なぜなら彼が愛を向けている彼女――彼と日々同衾する彼女――は意思も律動もない、生命の所在すら不明な、市販された量産型の女性であるためである。

性的愛玩のための人形。――ダッチワイフ。
現代的に言えば、ラブドールである。

それが、彼女の正式名称であった。名は当初からなく、「美晴」は彼の付けた名前である。その万感の思いで付与された名のために「美晴」は固有となり、彼にとって特別な存在となった。個人的な愛のための、愛の一様式としての恋人になっていたのである。

――彼の愛は、一般的でなくとも、否定には当たらないものであろう。
なぜなら愛は不可欠なものであり、寛容さと多様さを、性質として抱いているからである。
愛の在り様は、個々人によって異なり、その広範さが、茫漠として未だ人々を彷徨わせている。
愛には、まるで限りがない。それが差異と、時に懊悩を生むのである。

ふと、開錠の音が聞こえ、胸に伸ばしていた手を止めて首を巡らし、彼は壁の方向を見やる。
その薄い壁からはわずかに音が漏れ伝わり、その隣人の気配に、突如として鼓動の高まるのを、彼は意識した。それは鮮度の良い、反抗的な鼓動であった。

隣人の名は――田中美晴。彼の大学の同窓生であり、本来の恋心を持つ相手だった。
「美晴」は愛情の代替物に過ぎず、想像の延長に過ぎぬものであった。その欲望が満たされぬのを理解するがゆえに彼は「美晴」を愛し、利用する。初の対面から、それは生まれた欲望であった。自身をも戸惑わせた、それは反社会的な欲望であった。

田中美晴の無抵抗の抜け殻――死体を、彼は愛してみたく思っていたのである。


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このストーリーに関するコメント

16/03/23 光石七

拝読しました。
哲学的な考察を織り交ぜた固めの文体がとても効果的だと思いました。
彼の愛は確かに一般的ではなく、むしろ異常と呼んでいいものかもしれませんが、どこか純粋さも感じますね。
面白かったです。

16/03/24 タック

光石七さん、コメントありがとうございます。

このような作品にコメントを頂けたこと、本当に嬉しく思います。
今までとは何かを変えなければ、と考え、書いたものですが、非常に読みづらい作品となってしまい、やっぱり駄目だ……と感じていた時に頂けたコメントだったので、とても励みになりました。
よろしければまたご一読ください。ありがとうございました。

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