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笛地静恵さん

SM小説家。妄想家。言葉遊び師。 三和出版『女神の愛』「女神帝國盛衰記」連載中 他

性別 男性
将来の夢 歌集、句集をだすこと。
座右の銘 永遠の未完成、これ完成(宮沢賢治)

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俺には霊感がない――零感ハンター

16/03/14 コンテスト(テーマ):第105回 時空モノガタリ文学賞 【 水族館 】 コメント:0件 笛地静恵 閲覧数:1035

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「海を見に行きたい」
 ヒノコが、とうとつにつぶやいた。
 さっきまで、おれのからだの下で燃えていたのに。
 午後二時をすこしすぎている。が、一度、言いだすと、とまらない。
 仕方ない。行かねばなるまい。愛車の《ブルー・タートル》号を出した。湾岸へ走らせた。海まで三十分とかからない。
「右へ」
 ヒノコの細い指が指示する。
 百里に少し足りない浜を南下した。
 ヒノコには、霊感がある。今夜も、なにかが起こる。ただではすまない。俺には霊感はないが、そんな気がする。
 前方に、白い建築物が見えた。黒い海を背景にぼうっと浮かび上がっている。墓石のようだ。いやな感じだ。別に霊感があるわけではないが。
 廃棄された水族館だった。
 こんな立派な施設が、こんなところにあっただろうか。何度も通っている。この先に俺の好きな海水浴場があるのだ。気がつかなかった。
 コンクリートで舗装された駐車場に車を止めた。広大である。数百台が収容できるだろう。
 潮の香がする。それに腐った水の香がまじる。
 ヒノコは、さっさと行ってしまう。
「待ってくれよ」
 俺は、ダッシュボードから、鋼鉄製の〈アイアン・ナックル〉を取り出した。護身用である。自作だ。ブーン。振動している。こいつも武者ぶるいしている。俺は機械工場につとめている。工作が得意だ。
 こぶしにはめた。
 ヒノコといると、いろいろと剣呑なことがおこるからだ。渋谷の裏通りで、狼男に遭遇したこともある。
 青光りする鋼鉄は、ヒノコの涙や唾などの体液で浄めてある。
 こいつは、ある新興宗教にとっては、生き神様だった。あがめたてまつられている。それがいやで、俺のところに逃げこんでいる。
 俺には霊感はないが、ヒノコがそばにいると、影響を受ける。あまたのおそろしいもの、いむべきものを見てしまった。霊感は嫌いである。そんなものは、いらない。俺だけならば、そう無責任に言っていればいい。
 しかし、ヒノコは、それにとりつかれている。霊感のかたまりである。逃れることができない。かわいそうである。個性は重荷だ。
 夜になると、怖くて泣くことがある。やむなく抱いてやった。なぐさめになるようだ。同棲中である。ヒノコの霊感のせいではない。愛情のためである。
 内部は荒廃している。
 白かった壁は、卑猥な落書きでいっぱいだ。全身から赤い棘を生やした鯛や、百の目があるヒラメが舞い踊っている。闇の展示場になっている。うらみやつらみ。陰の気を集めている。見るからにやばい。そんな雰囲気があった。霊感はないが、いやなものはいやだ。
 ヒノコがいた。大きな水槽の前である。映画館のスクリーン大の透明アクリル樹脂の壁がそびえている。
 海水は抜かれている。ただ夜の闇だけがたまっている。しかし、その内部に何かがいた。外に出たがっている。何十本もの触手がうねうねとうごめいている。そんな気がした。霊感ではない。断じてない。単に生物としての恐怖感である。
「ここ」
 ヒノコの長い指が示した。星型の光がともっている。俺に狙い安くしてくれているのだ。悩まない。〈アイアン・ナックル〉の正拳尽きを射れた。もちろん数百トンの水圧に耐えてきた壁だ。割れるはずはない。
 しかし、壁のあたりで、かすかな鈍い音がした。ずれたか。
 そこから、闇があふれた。海の方に流れ出していく。腐った水の香がする。黒い触手のような影が、最期にぬるりと消えた。気のせいだ。霊視ではない。
 朝の光がさしこんできた。ほんの五分間ぐらいのつもりだった。
 ここに、何時間いたのだろうか。
 ヒノコとふたりで外に出た。
 駐車場はなかった。夜にはコンクリートで舗装されていた。朝には雑草が伸びた草地が広がっている。俺の車のタイヤが、浜の花をふみつぶしている。
 背後から突風が来た。
 ふり向いた。
 陽光の下で、白い水族館が白いけむりとなって透けていく。
 すぐに見えなくなった。
〈アイアン・ナックル〉だけが、何が起こったのか知っていた。証拠だった。こいつは、こわれていた。焼け焦げている。全力を使い果たしたのだ。修理してやろう。旋盤に霊感は必要ない。
「おなかがすいた」
 ヒノコの指が、次の目的地を指示した。細い紙が陽光に銀色にすけた。ふわり。ひるがえった。
「はいよ。王子様」
 俺は言われる前に愛車の《ブルー・タートル》号を発進させていた。霊感ではない。単なる食欲のせいである。
 ふたりの腹が鳴った。


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