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たんぽぽ3085さん

コピーライター&デザイナーとしてうん10年。とにかく書くことと描くことが好き。

性別 男性
将来の夢 悠々自適
座右の銘 為せば成る

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リフレイン

16/03/13 コンテスト(テーマ):第103回 時空モノガタリ文学賞 【 同棲 】 コメント:0件 たんぽぽ3085 閲覧数:1024

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恵里からの年賀葉書が届いた。
可愛い羊のイラストが笑っている。
一月ももう半ばだ。天然の彼女らしい。
それでも嬉しかった。
消印は広島。
名前だけで、差出人の住所は書かれていない。

ぼくらは、一度は将来を約束し合った仲だった。
恵里がアパートを出て行ってからすでに丸二年になる。
ほんのちょっとした諍いが原因だったと思う。
今じゃ思い出せないくらいに。
何度かケータイに電話をかけたが、彼女が出ることはなく、
そのうちに番号も替えてしまったようだった。

恵里は束縛されることが大嫌いだった。
ぼくも同じだったから、彼女を殊更に縛ったことはなかった。
自由を約束すること。
それをお互いに不文律としていた。

ぼくは油絵を、恵里は木版画を、
大学の頃から続けていた。
六畳一間の狭い部屋で、
互いのテリトリーをきちんと分けて制作に没頭した。

思うに、一羽のセキセイインコが部屋に迷い込んで来た日から、
どこかで二人の歯車が狂い始めたのかもしれない。
おはよう。おはよう。恵理は熱心にことばを教えた。
ぼくは、エリ。彼女の名を教え込んだ。
でもインコが喋るのは「おはよう」ばかり。なぜか「エリ」とは言わない。
そのうちにぼくは教えることを放棄した。

「この子、手乗りだね。逃げられちゃった飼い主はきっと悲しんでいるね」
恵里が神妙な顔で言った。
ぼくはさほど気にもせずに、初めて飼う小さな生き物に夢中になった。
片手でひねりつぶせそうな愛らしい姿に、
どこか支配欲を満足させてくれるような、そんな感覚があったかもしれない。
恵里という気まぐれで制御不能な生き物の代わりに…。

ある日、恵里が猫の死骸を抱えて帰ってきた。
「何だよ、これ。死んでるじゃないか」
クルマにでも撥ねられたのか?
特に外傷も見あたらないし、血も出ていないがすでに息はない。

気持ち悪そうに顔をしかめたぼくを見つめて、
恵里は悲しそうに眉を潜めた。
「まだ温かいよ。死にたてだよ。生き返るかも…」
本気で言っているように見えた。

「死んだらそれでおしまいだよ。ただの物体だ」
彼女の目の色が変わった。
「そんなのわからないよ。ついさっきまで生きていたのよ。
 生き返らないなんて、言い切れないじゃない!」
滅多に大きな声をあげない恵里が叫んだ。

夏草がぼうぼう生えたアパートの前の広場の隅に、猫の死骸を埋めた。
お線香に火をつけて供えると、恵里は永いこと頭を垂れていた。
横顔の目には、涙が光っていた。
それから一週間ほどだったと思う。恵里がアパートを去ったのは。

恵里の居なくなった空白は、簡単に埋められなかった。
二人で夢を追いかけた濃密な時間とともに、
自分を見つめるためにも必要だった鏡のような存在をなくしたのだ。
絵を描くことにも、仕事に対しても強いモチベーションが失せた。

あっさりと飛び立って行った恵里の替わりに、
セキセイインコのピイコだけが残った。

おはよう。おはよう。

ピイコが喋り出す。

おはよう。おはよう…。

「うるさいな、もう」

昼下がりの鈍い陽射しの中に佇む窓外の銀杏の木は、
すっかり葉を散らした後の虚ろな表情を見せている。

エリ。エリ…。
ピーがいきなり言葉を変えた。

「やめろよ…」

エリ。エリ。エリ…。

返事を出すことのできない一枚の葉書が、
ぼくの手から滑り落ちた。



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