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たんぽぽ3085さん

コピーライター&デザイナーとしてうん10年。とにかく書くことと描くことが好き。

性別 男性
将来の夢 悠々自適
座右の銘 為せば成る

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還るべき場所

16/03/10 コンテスト(テーマ): 第76回 【 自由投稿スペース 】  コメント:0件 たんぽぽ3085 閲覧数:664

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世界の三分の二の人類がたった三ヵ月で死滅した。

小惑星探査機「トキ」が持ち帰った未知の生命が、
瞬く間に世界に広がり人類を狩り始めた。
人間の想像を超えた侵略者の殺戮行為が全地球を被い尽くした。

砂粒にも満たない細胞片が組成解析の際に浴びたガンマー線により著しく変化し、
自らを電子プログラム化することでコンピュータに侵入。
あっと言う間に破滅の種子を世界中に拡散させた。
科学者、科学者の頭脳を結集しても未だ解明されてはいないが、
何らかの方法であらゆる有機体を自らの肉体の生成に必要な細胞に換える。
そう理解するしかなかった。
人間の考える荒唐無稽は、侵略者には適用不能だった。

まずは文字通りのウイルスとして、主に生化学系のさまざまな企業、
工場、研究所などを汚染し、遺伝子情報、生体組成の情報を解析。
次にそこから地球上にはかつて存在しない強靭な、
そして地球上で自由に活動できる新たな肉体を生成することに成功した。
七日間のうちに二千万体を超える怪物が全世界に放たれた。

形状は海老のような甲殻類に似ている。二メートル近い巨体にも関わらず、
その動きは速く、逃げ惑う人間たちをたちまち捕獲。
三十六本の鋭く尖った歯で瞬時に噛み砕いた。

日本の首都圏にも怪物の組成物質が豊富だ。
コンピュータ制御によって動くあらゆる装置が
怪物を生成するために理想的な作業に集中するから、
秒刻みでやつらの肉体が作られ、
その肉体に、「トキ」が連れて来た生命の母体により
人間界で言う遺伝子が全ての個体に注入され、
JAXAのホストコンピュータを制圧した母体が、
生成された怪物すべてに人類殺戮指令を送り行動を促すシステムを確立した。
あくまで推測の域を出ないが、そういうことらしい。

怪物たちの軍団が着々とその勢力を増して、
埼玉、神奈川、東京、千葉がはじめにほぼ壊滅した。

首相直轄の危機管理室はまったく機能しなかった。
コンピュータシステムに頼りっ放しの防衛庁の脆さを暴露した形だ。
自衛隊も各基地や駐屯地が各々に分断され、
独自の対応で侵略者に立ち向かうしかなかった。
一機の戦闘機が飛び立つこともなく、地上戦、地域戦を余儀なくされた。


「坂崎二尉、どちらへ?」
多くの隊員を戦闘に寄り失い、辛うじて機能を保っている陸上自衛隊練馬駐屯地も,
最早陥落寸前だ。火器を駆使して怪物に立ち向かうが、
焼き殺しても吹き飛ばしても、怪物は次々に生成され襲い掛かってくる。
「おれは向島に帰る」
「無茶ですよ、下町あたりはもうやつらの基地みたいなもんだ。
 自殺しに行くようなもんです。それに任務の放棄は重罪ですよ」

坂崎は不敵に笑う。
「この期に及んで任務もクソもあるか。おれにはもっと大事なものがある」
島本准尉の顔が歪み、尊敬する坂崎に銃口を向けた。
「坂崎二尉、見過ごす訳にはいきません。行かないでください。
 任務を全うしてください」

坂崎は島本を真っすぐに見つめてから言った。
「撃つなら撃て。おまえを恨まない。だがな、おれは行く。
 絶対に失えない人を守るためにな」
島本の腕が震えている。

「おまえにも大切な人はいるんだろ?世界が終わる前に会っておけ」
「ここから向島まで、徒歩で行き着けるはずがないでしょう。
 陸自の猛者が百人いたってやつらを突破することはできない。
 あなたを尊敬しています。お願いだから行かないでください!」
その目には涙さえ浮かんでいた。それでも坂崎は留まる訳にはいかない。

「I must go. The only For the One I Love.」
呆然と見送る島本を背に、坂崎は悠然と基地を後にした。
坂崎の脳裏には、最後に自分を見送ってくれた真衣の顔が浮かんでいる。
「待ってろ、真衣。おまえを死なせやしない」

二週間前のことだ。敵の軍団が埼玉全域を殲滅に追い込み、
首都に向けて総攻撃を開始した時期と重なる。
マンションを出るときに坂崎はきつく言い聞かせた。
「絶対に外に出るな。食糧も水もひと月は保つだろう。室内に居て、
 じっとしていろ。やつらに気づかれるな。おれの帰りを待て。信じて待て。
 おれは必ず戻る」

真衣は素直に頷きながらも、その目に浮かんだ不安は消し様もなかった。
いくら気丈にふるまっても、真衣にはハンディがある。歩けないのだ。
怪物との市街戦の場に居合わせた折、片足にひどい怪我を負った。
ただでさえ非力な真衣に、何に対しても抗う能力は余りない。
治外法権同然の日本では、怪物以外にも敵はそこいら中に居る。
女ひとりが孤立すれば生き残れる可能性は限りなくゼロに近い。
自分以外には彼女を守れない。坂崎には痛い程の自覚があった。

真衣を失えば、坂崎の生きる意味も失われる。それだけ愛している。
互いに他に頼る人間もいない。そういう身の上だ。
市民を守るための任務?おれが守るべきは真衣であって、その他大勢ではない。
坂崎は自らに言い聞かせるように胸に反芻する。

言葉にせずとも、真衣は思っているはずだ。
坂崎が戻らなければ自分は死ぬ。
だれに殺されなくとも、生きる望みの全が絶たれる。
だから必ず自分の言いつけを守るだろう。
つまり、自分が戻らなければ真衣は死ぬ。坂崎には確信があった。
いずれにしても真衣は、やつらに殺されるか餓死するか、
人でなしの暴漢に犯され殺されるか。自ら命を断つか。その違いだけだ。

街には人っ子一人見えない。
ところどころに血と肉片が惨事の痕跡として散らばっている。
いま、空気はまるで凪いだ海みたいに寡黙だ。
怪物の気配はない。人間を殺戮するだけの任務に嫌気が差したか?
そんな都合のいい想像をする自らを笑いながら、坂崎は車道を早足に進んだ。

静か過ぎる。
そう感じると同時に、おぞましい咆哮が響き渡った。

暴徒により破壊された銀行のドアから、三体の怪物が飛び出す。
坂崎は手にした小銃を構え、最初の銃撃で二体を倒した。
残る一体が逃げて行く。
丸腰の市民を狩るしかできない臆病者めらが。
坂崎は目に憤怒を貼付けて怪物の後を追う。
やつらは見張り役だ。このまま行かせれば本体の群がやってくる。

たちまち路地に逃げ込んだ怪物を見失った。

間もなく大群らしき怪物の咆哮が一気に湧き起こる。

もはやこれまでか?

いや、死ねない。真衣を死なせたくない。全人類と天秤にかけてもだ。
胸につぶやきながら唇を噛む。
全身から粘り気のある冷たい汗が流れ出す。

坂崎は通りの真ん中に戻ると、小銃を構えて敵を待った。
「真衣、待ってろ。おれは必ず戻る。約束通りにな」

やつらを一匹残らず殺すだけだ。
いまの状況で真衣の元に還るためには、他に選択肢はない。
それにしても小銃だけでやつらの大群を殲滅することは難しい。
かと言って、この窮地を回避する手だては思いつかない。
せめて動かせる放置車両でも発見できれば…。

前方のT字路に地響きが近づいてきた。
あの信号でやつらが礼儀正しく止ってくれるとは思えない。
祈るように見つめる先の景色の中に、醜い海老もどきの群が現れた。
距離があるから、スローモーに見えるが、やつらは時速四十キロの速さで
こちらへ進撃しているはずだ。

撃って撃って撃ちまくる。そしてやつらを突っ切って目的地を目指す。
坂崎の頭に真衣の不安そうな微笑みが去来する。
行かないで。その言葉を必死に胸に押し込んで微笑む真衣の想いを裏切れない。
坂崎の胸には、真衣の手作りのブラックジュエル・ネックレスが揺れている。
上着の合間から手を突っ込んでそれを掴む。
蛮勇でもいい。おれにチカラをくれ。
彼女の死も、涙も回避するためには、自分が生きて戻るしかない。
そう考えると恐怖感は一切なかった。
九九の答みたいに単純な行動理論が坂崎の頭を支配した。

もはや怪物の群は目前に迫っている。
「おまえらが人類を滅ぼそうが、知ったこっちゃねえ。
 だがな、真衣には指一本触れさせねえっ!」

坂崎が叫んだ瞬間、エンジン音が後ろから轟わたる。
ブレーキ音とともに叫ぶ声が坂崎の耳に突き刺さる。

「坂崎二尉っ!早く、早く乗ってくださいっ!」

島本だった。任務を放棄して駐屯地を去る自分に銃口を向けた准尉だ。

島崎が地を蹴り、素早く軍用ジープの助手席にダイブする。
ドアを閉めると同時に怪物の先鋒がジープに躍りかかった。

急発進したジープがそれを振り落とし、グシャっという嫌な音とともに
タイヤが怪物の十本足のうちの一本を踏み砕いた。

さらに加速したジープが怪物の群を蹴散らして疾走する。
隊列の崩れた群、結束を失った群は以外に脆い。
所詮、唯一の司令塔から発せられる命令にただ機械的に従うだけの輩だ。
人間の持つ大きな優位点である互いを感じ、つながるチームワークは皆無。

「こんなやつらに人間は負けない。そうだよな、島本?」
島本が笑みを浮かべる。

「当たり前ですよ。任務なんて糞食らえ。大事なものを守る。
 そのために命を張る。ぼくにもそれが分ったんです」

「おまえの大事な人はだれなんだ?」
島本がきまり悪そうな笑みとともに言った。
「両親。二人とも守るべき大切なものです。そしてもう一人。
 坂崎さん、あなたを死なせたくないんです」

笑いながら坂崎が島本の頬に拳骨を当てる素振りをした。

人影も信号もない道路を猛スピードで駆け抜けるジープは、
やがて隅田川を越えて向島の街に滑り込んだ。
街のあちこちで銃声がする。
やつらと自衛隊、もしくは暴徒たちを制圧する警察官のものか?

坂崎がジープから降り立つと、島本が声をかける。
「幸運を祈ります。ぼくはこのまま両親の居る柏に向かいます」
「ありがとう。礼の言いようもないよ。恩にきる」
「生きて、また会いましょう」

ジープの後ろ姿を見送って、坂崎はマンションの前に立った。
ベージュの壁面のところどころにヒビが見える。
「来月になったら、家賃値下げ交渉をすべきだな」
自分を落ち着けるためにそうつぶやいた。

エレベーターは停止している。あらゆるコンピュータが敵の手に落ちた。
それだけで世界は瀕死の状況に追い込まれた。
築き上げて来た文明に裏切られ嘆き悲しむ人類の姿は、
とうの昔に想定されていたはずだ。
なのに、宇宙から持ち帰られた塵があっさりと地球を蹂躙した。

原発も同様だが、人間の驕りは全てを制御しツールとして飼いならせる。
そんな単純な誤解があるから、不測の事態には極めて弱い。
起きてからでは遅いものへの危機管理がどれだけ脆弱なことか。

五階まで階段を上りきった坂崎は、祈るようにしてドアを叩いた。

無事でいてくれ。真衣。元気な顔を見せてくれ。

永遠みたいな数秒が過ぎた頃、部屋のなかから声がした。


「だれ?」

その声に安心した途端に、坂崎の両目から熱いものが溢れ出した。

「おれだ。真衣、おれだよ」

息を潜める気配の後で、再び声が応える。

「ほんと?ほんとに圭吾さん?」

「ああ、おれだ。二週間でおれの声忘れたか?
 それとも待ちくたびれて他に好きな男でもできたか?」

「そうだったら、どうする?」

「もう一度、おれに惚れさせるさ」

「放ったらかしといて、自信たっぷり。反省なしね」

確かに放ったらかしと言われても仕方ない。
ただ、携帯も使用不能だったのだ。

「もうゼッタイあなたなんか好きにならない。すっごく嫌いなんだから。
 そう言ったらどうする?」

真衣の声が震えている。
坂崎の胸も震えていた。真衣への想いで溢れ過ぎている。制御が利かないくらい。

世界は、もしかしたらあと数ヶ月で終わる。
でも坂崎にとってそんなこと今はどうでもいい。
自分の命より大事な女といっしょなら、
残された時間を後悔なく生き切れる。そう思う。

「なあ、真衣。もう二度と独りにはしないよ。約束する。
 だからきみの顔を見せてほしい。きみの身体を抱きしめさせてほしい」

ドア越しに真衣のすすり泣く声。

やがてガチャガチャと忙しなく鍵を開ける音がして、ドアが開かれた。

坂崎の眼前に、涙でくしゃくしゃになった真衣の顔が現れる。
「おかえりなさい」の声を遮って坂崎の全身が真衣を覆い尽くした。



















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