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W・アーム・スープレックスさん

性別 男性
将来の夢
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ラ・サイナ計画

16/03/09 コンテスト(テーマ): 第76回 【 自由投稿スペース 】  コメント:0件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:923

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噂ではそんなものがあるとは聞いていたが………
ユータローは段ボールの我が家から顔をだして、しかつめらしい態度で目の前にたっている男をみかえした。
『地球脱出用ロケット』その名を彼がはじめて耳にしたのは、まだホームレスに落ちるまえの、一般人だった時代の話だった。なんでも、いつ滅びるかもしれない地球から、他の天体むけてとびたつロケットに無償で優待するというものだった。世界はまだ存続はしている。だがとっくに飽和状態に達していながらさらなる人口増加のため、人々をまちうけるのは未曾有の飢饉と、戦争、そして破滅というお先真っ暗な現実だった。ロケットの建造はぬきさしならない現状を打ち破るための、火急の責務だった。とびたつ先は火星、あるいは他の惑星の衛星、また太陽系内に建設された無数の人工惑星上だった。………と、当時はまだそんなに危機感がなかったこともあって、おぼろげな知識しかなかった惑星移住計画の件で彼がしっているのはその程度だった。女の失敗がもとでホームレスにまっさかさまに転落したいまとなっては、もうユータローにとってそんな話はそれこそ、縁もゆかりもないできごとにすぎなかった。
「それで、私になんの用です」
ついユータローがつっけんどんな調子になったのも、そんな理由からだった。ロケットに乗れるのはどうせ、社会に貢献できる資格を有したエリート人間に限られることは目にみえていた。ホテルのゴミ箱から漁ってきた食べ物で日々をしのいでいる俺なんかに、ロケットの搭乗券がまわってくるはずはないのだ。
「あなたにですね、脱出用ロケットの搭乗資格がおりましたので、それを報告にやってまいりました」
「なんだって」
耳垢が詰まったせいでさいきんめっぽう聞こえの悪くなった耳に手のひらをあて、ユータローは聞きかえした。
「脱出用ロケット ラ・サイナのメンバーに、あなたが選ばれたのです」
「それは何かのまちがいだろう」
「いえ、まちがいではありません。木下ユータローさん、おめでとうございます」
胸にとめたIDカードに『ラ・サイナ計画職員・堀田隼』とよみとれるその、小柄だが肩幅のひろい男は、眼鏡の奥で優しく笑った。
「どうして、俺みたいな人間が………」
もっともな質問をするユータローにむかって堀田は、簡潔な言葉でこう説明した。
「世の中にいわゆるおちこぼれた人、かつて社会からなにひとつ恩恵を受けたことのない人、これまで絵にかいたような悲惨な生涯を送ってこられた人―――ラ・サイナは、そんな人たちに乗ってもらうために作られたロケットなのです」
「つまりは、慈悲か」
ふともれたおのれのつぶやきに、おもわずユータローは目頭をぬぐった。慈悲。それこそ彼が、心から待ち焦がれていながらまずまちがいなく生きているあいだには授からないだろうと確信しているしろものにほかならなかった。
じつをいうとユータロー自身、この世界をいまのような破滅のふちに追い込んだ連中こそ、いわゆるエリートと称されて世間からもてはやされる面々であり、そしてじぶんたちのような無能の輩を情け容赦なく蹴落とした張本人だとつねづね思っていた。機能と効率、経済性でのみ判断するかれらのやりかたが、結果として世界を行き詰まらせ、爆発寸前にまで導いたのではなかったか。
そんな世界の落ちこぼれであるじぶんたちだから、新たな世界の住人となる資格があるのだ。とユータローは、堀田の言わんとするところもそこにあると確信した。決して報われることのない人生を送りながらも、心のどこかではもしかしたらという、仄かな希望を忘れずにいた彼がいま、その考えにたどり着いたとしても、誰にも責められないだろう。
「わかりました。あなたの指示に従いましょう」
「それではさっそく」
ユータローは堀田のあとについて、あるきはじめた。段ボールの家ひとつ、捨て去るのに未練などあるはずもなかった。
国道沿いに停車している大型バスの座席には、一目みて仲間とおもえる社会の落伍者のレッテルを貼りつけた風貌の持主ばかりが並んでいた。
それから一時間半で到着した山中にあるロケット発着場には、星空に機首をそびやかせてたちはだかる銀色に輝く巨大ロケットの威風堂々とした姿がみとめられた。なんでも各地に同型のロケットが数多用意されていて、いま同じ時刻に、ユータローのようにあつめられた人間たちが、ぞくぞく乗り込んでいるのだという。
ラ・サイナは最後の一人を乗せ終ると、密閉ハッチをぴたりと閉めた。やがて、大地の底から響いてくるような重々しい轟音がきこえだした。年老いた者の耳なら、 規模こそ違え石臼を挽いたときの響きに、それはよく似ていると思ったにちがいない。
安全地帯から堀田は、その様子を満足げにみまもっていた。これで何十万という人間を一挙に始末できると同時に、かれらを加工してできた食肉が、地上に残るエリートたちの食糧になる。これがラ・サイナ計画の真実だとしらずに死んだ連中には気の毒だが、そのかわり、こうして生まれてはじめて人の役にたてた喜びに、迷わず成仏できたことをいまごろあの世で感謝していることだろう。


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