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W・アーム・スープレックスさん

性別 男性
将来の夢
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吸血鬼がいた

16/03/07 コンテスト(テーマ):第104回 時空モノガタリ文学賞 【 映画 】 コメント:0件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:1110

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 映画が隆盛をきわめた時代は、どこの映画館でも三本立てでやっていた。三本ともなると、朝入館して出るのは夕方というのがざらだった。
 内容も、邦画あり洋画ありアニメありとなんでもありで、大人も子供も十分楽しむことができた。いまから考えれば脅威だが、館内は禁煙でなく、あちこちで観客たちの吸うたばこの煙が映写機から放たれる光線のなかに、もうもうと渦を描いていた。
 当時私は、ありあまる暇をもてあましてしょっちゅう、入場料もしれていたので、映画館に足をはこんだ。ここにさえいれば、日中まちなかをうろうろして、警邏中の警官に怪訝な視線をむけられずにすむというものだ。
 入り口横には売店が設けられ、菓子やパンもあれば、飲み物のラムネやミカン水もあった。私はいつもラスクとラムネを買うことにしていた。ラスクといっても、一枚の食パンにバターと砂糖をぬりつけたもので、二度焼きのかりっとした触感のラスクではなく、噛むとしんなりなまパンの軟らかさが歯に伝わるしろもので、映画館ではたしかにそれがラスクとして売られていた。
 私かこのんでみたのは、イギリス映画の、おもに怪奇物――当時はまだホラーという名称はいまのように定着していなかった――が多かった。ハマープロとかアミカスプロ制作の吸血鬼やゾンビ物などははらはらどきどきしてみていた。CGがまだなかったころで、それだけにかえって役者の思い入れたっぷりの演技と工夫をこらした小道具がひかっていた。

………またあの人がきている。
 と私は、一本目の映画が終わり照明がついて休憩時間にはいり、映画とは無関係の曲がながれだした客席の、一列おいた前に、背筋をのばして座るひとりの女性の姿をみとめた。
 平日の映画館はおおむね空いていた。映画館で顔見知りになった者たちの顔をときに見かけることもあったりして、たいていは気にとめないのだが、その女性客だけは、なぜか妙にこちらの注意をひいた。いつもおなじ席にすわっていて、長い髪のせいで、みえるようでみえない顔が、いっそう私の気持ちをかきたてた。
 これが後ろの座席なら、なにげなくふりかえればよかったが、前ともなると、そこに行く理由がおもいつかない。わずかに傾斜する床に、空のラムネの壜をころがして、それを拾いにいくふりをして………と本気で考えたりもしたが、壜の中でラムネ玉のおどるきんきんした響きをおもうと、なかなか決心がつかなかった。休憩時間になるときまって、小さな子供たちが歓声をあげながら通路をかけまわるのも当時の映画館の風物詩といえたが、まさか大人の自分がそんな真似もできなかった。
 私の関心は、こんな怪奇映画をみに彼女が、この映画館に足しげく訪れることだった。後ろからしかわからないが、なんとなく品のよさそうな、きっと知的にもひいでているにちがいない彼女が、墓の下から次々とあらわれては、魂のない虚ろな目を見開きながら人間に襲いかかるゾンビの群れを、また夜な夜な血をもとめて生娘の眠る寝室に訪れる吸血鬼を、座席にひとりすわって終了までみているそのギャップに、私は強く魅かれた。
 声をかけてみたい。
 いつしか私は、そんな気持ちにかられるようになっていた。彼女のいる座席はたいてい左右には誰も座っていなかったので、隣りにいってさりげなく話しかけられないこともない。必要なのは、思い切りのよさだけだとじぶんにいいきかせながら、それからも私はクリスファー・リー演じる吸血鬼を、オリバー・リードの吸血狼男を、また誰が演じているかもわからない肌一面不気味な鱗が取り巻く蛇女を、それからも彼女の頭ごしにながめていた。
「あのう」
 私の声に、彼女がふりかえった。たったいま腐葉土におおわれた大地の下からはいだしてきたかのようなその、ひび割れ、青みがかった顔が、にたりと笑った。いや、それは前方のスクリーンにうつしだされている映画の世界の話だった。
「あのう」
 私の声に、彼女の全身ににわかに剛毛がはえはじめ、突き出す鼻先とともに口が前にのびるにつれて牙がむきだしになり………それもまた彼女の向う側のスクリーンの中で、巨大な満月を背景にして変身する狼人間の話だった。
 私は、しだいに気持ちが興奮に熱く滾り出すのをどうすることもできずにいた。と、一列おいた座席に座る彼女の、垂れ下がる髪からわずかにのぞくうなじの、艶めかしいまでの線が目についてはなれなくなった。その肌に脈打つ鼓動の調べが、私の耳に驚くほど大きな音となって鳴り響いた。そして、その血から放たれるえもいわれぬ抗いがたい香りに、ひきつけられて私は席をたつと、闇の中をすべるように移動していった。そして彼女のすべすべした首すじに、唇を押しのけて突き出た牙のさきを深々とつきたてると私は、このうえない嗜虐的な喜びに酔いしれながら生血を吸いはじめた。


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