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KOUICHI YOSHIOKAさん

性別 男性
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 月濁る真夜中に飛ぶ

16/03/06 コンテスト(テーマ):第104回 時空モノガタリ文学賞 【 映画 】 コメント:0件 KOUICHI YOSHIOKA 閲覧数:1422

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 時計台の腹の中で飢えた蛙が天国を想像しながら金色の羽蟲を食べている。
 西瓜の夜は月の踊りを笑いながら回転し、虹の向こう側のスクリーンを舌でなめる。
「あなたは飛ぶことができますか」
 彼女は豊かな胸を上下に揺らしながら、頬を赤め作られた空を仰ぐ。
「きっと飛ぶことができるよ。望むならば飛べるようになるさ」
 彼は筋肉質な指をまっすぐにのばし、ペンキで塗られた空にキスをする。
 壊れそうな木造の一軒家、腐った木、割れた板、曲がった鉄筋、崩れた瓦から見えるペンキの空、ガムテープを貼られたガラス窓、大蒜のつるされた軒下、生首のつるされた玄関、そしてつる草に覆われた家。
 月濁る真夜中の草原に車を止め、スクリーンに映し出される世界は解剖室の花園のよう。まっすぐに切り取られた世界の内側は薄っぺらで深く空間を切り取っている。
 私はひとり、五人乗りの普通車の内側でただ一人、サンドイッチを食べながら胃の隙間を埋めている。別世界の声がスピーカーから流れ、世界の切れ目から別世界がもれ出ている。
「もっと愛して欲しいのだけど、あなたはもっと愛してくれるかしら」
 彼女は膝を抱えて座り込む。七色に変わるスカートは波打って揺れている。
「もっと愛してあげるさ。今以上に、もっと愛を注いであげる」
 彼はスクワットをしながら溜息をつき、鞭を握りしめながら腕に力を入れる。
 歌が聴こえてくる。夜の底の底から、アルミニュームの脚をたたくような歌が。
「さあ、いろいろあるさ。さあ、愛し合おうよ。間違っているに決まっている。その選択は地獄の入り口。さあ、進んでいこうよ。後悔しながら愛して行こうよ。さあ、さあ、」
 私は笑う。なんて愉快な歌なの。なんて悲しい歌なの。クラクションを鳴らし、閉じた窓の内側で声をあげる。
 一万台の車がいっせいにクラクションを鳴らし出す。愉快な夜に。世界の割れ目を引きずり出しながら。
 花が咲く。地面の底から花が咲く。木の先から花が咲く。黒い花、白い花、赤い花、ひび割れた月の隙間からも銀色の花が咲く。
 私の周りの車の中では恋人たちが愛し合っている。映画を観ることもなく、ひたすらに愛し合っている。醜くも美しい。
 曇った窓ガラスの内側で肌が重なり合っている。私はサンドイッチを頬張りながら眺め、そして悲しみに溺れていく。
 独りぼっちの車の中は春の暖かさと冬の寂しさと、愛の悲しみに溢れている。
 トランクの中の貴方は知っているのかしら。どうして死んでしまったの。どうして笑ってくれないの。どうして話しかけてくれないの。私を独りぼっちにして、どうして逝ってしまったの。
「ロケットに乗れば、すぐにあの月にいけるよ」
 彼女はさびしそうに札束をとりだして彼に渡す。
 彼は札束を受け取りながら、くしゃみをして、彼女を抱きしめる。
「一緒に行こう。一緒に飛ぼう。あの月の世界へ。あの夜の輝く国に。そして結婚しよう」
 彼女は泣く。笑いながら泣く。ふたりは抱き合い、空を見上げ、夜の底に落ちていく。
 歌のない歌が流れ、文字のない文字がスクリーンに現れる。楽しげな風、空をおよぐ鳥の群れ、朱色の光が渦を巻きながら遠ざかっていく。
 私の周りで足踏みをする音が聞こえる。スクリーンが閉じられると地上は光に照らされはじめる。そしてうなり声と共に動き始める。
 地震のように地面が揺れる。一万台の車が動き出す。冷蔵庫の上のピストルが泥をかぶりながら走っていく。アイロンをかけられた川の精霊が正しい道を曲がりながら進んでいく。
 私は残る。トランクの中の貴方も残る。貴方はすでに器、動かない人形、愛を誓った瞬間、貴方は永遠に止まってしまった。愛の頂点のまま貴方はそこで固まってしまった。
 美しい夜、蜜のように星は輝いている。包丁はもう使えないけど、車はまだ動く。
 私は走る。あの空の向こう側に向かって走る。あの先にある崖から飛んでいく。高く高く飛んでいく。貴方と一緒に飛んでいく。


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