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藤見春子さん

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恋と、そうでない物の境目

16/03/05 コンテスト(テーマ):第104回 時空モノガタリ文学賞 【 映画 】 コメント:0件 藤見春子 閲覧数:997

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「この映画のどこを観てたの?」
 目の前に座る男が、ため息交じりに問いかけた。
 何故こんな嫌な会話をしなくてはならないのだろう。違う人間なのだから、同じ感想になるとは限らないのに。

 始まりは金曜日の夕方。
 職場の時計が定時を知らせ、まだ残る人達に恨まれないようにと、静かに帰り支度をしている時だった。

「週末、ちょっと付き合わない?」
 離れたデスクからやってきた男が、仕事の進捗を聞く振りをしながら小声で尋ねた。
 思いがけない誘いに、舞い上がって頬が熱くなる。でもそれを悟られたらダメな気がして、何でもない様に頷くと、視線も合わせず「いいよ」と返した。

 迎えた週末。
 いつもより早く起きて、普段は巻かない髪を巻き、微妙に失敗して再びストレートに戻すという少女のような失敗をやらかしながら、そわそわバタバタ身支度をして、待ち合わせ場所へと急いで向かった。
 初めて見る休日の姿は何もかもが新鮮で、これまで好きか嫌いか考える事すらなかった相手が、突然、まぶしい憧れの対象に格上げされる。
 向かい合って食事を取れば、相手の視線が無性に気になり、人ごみで肩が触れ合おうものなら、慌てて謝りながら距離を取る。長年一緒に仕事をして、職場では軽口を叩き合う仲なのに、場所と服装が違うだけで、どうしてこんなにも心乱されてしまうのか――

「好き、なのかな……」

 歩き疲れてベンチに座り、飲み物を買いに行った男を待ちながら、ぼんやりと自分の気持ちを探る。
 でも、たった一度のデートでそんな気持ちがわかるもの?
 膨らみ始めた気持ちに戸惑いながら、飛沫を上げる冬の噴水を静かに眺め続ける。

「映画でも観にいこうか」
 戻った男が、あたたかい缶を手渡しながら隣に腰を下ろした。
 映画なんてもう何年も観ていない。嫌いではないけれど、観ていた時期も、行くなら一人で、と決めていた。

 でも二人の時間を過ごせるのなら、たまにはいいかもしれない。もっと互いを知るためには、共通の話題が必要だと思うし――

 手を引かれて立ち上がり、繋がれたまま歩き出す。
 近付く距離に胸がざわめいて、周りの景色も、これから観る映画についての話も、何もかもが頭を素通りしていくようだった。


「私は風景の美しさに感動したの。それだけよ。貴方はどんな所が気に入ったの?」
 不機嫌な声にならないよう気を付けながら、目の前で黙り込む男に言葉の先を促した。
 男は冷めかけた珈琲で喉を潤すと、堰が切ったように話し始めた。

 ああ、どうしてこんな退屈な時間を過ごしているのだろう。
 朝から目一杯時間をかけて、この男の事ばかりを考えて、楽しいはずの時間なのに、全く楽しくなくなっている。
 今日観た映画は、とても素晴らしかった。すべての情景が波となって、私の心を洗い流した。すがすがしい気持ちで、生まれ変わったような気持ちで……この気持ちをこの男と共有できたら素敵だと、そう思っただけなのに。

 相槌を打ちながら、私は男の顔を観察する。
 時折ふんわり微笑んで、彼の言葉が途切れないように細心の注意を払いながら。
 
 「ごめん。つい夢中になっちゃって。でも本当に良かったよね、この映画。良ければまた一緒に行こうよ」
 話し過ぎたと気付いた男が、ばつの悪そうな顔をしてこちらに問いかける。
 私は頭の中で正しい答えを探しながら、優しく微笑んで男の瞳を見つめ返した。


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