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夏木 萌さん

しばらくネットで二次小説を書いていましたが、もう一度オリジナルで書いてみようと思い立ち、始めました。読みやすい文章を書いていきたいと思います。

性別 女性
将来の夢
座右の銘 継続は力

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リバイバル

16/03/05 コンテスト(テーマ):第104回 時空モノガタリ文学賞 【 映画 】 コメント:0件 夏木 萌 閲覧数:1023

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土曜の午後の街は、巨大な玩具箱をひっくり返したように、無秩序で猥雑な華やぎに満ちていた。
圭介は腕時計に目をやり、少し早く着きすぎたと、軽く溜息をつく。
真梨が待ち合わせ場所に指定したのは、新しくオープンしたばかりのファッションビルのロビーだった。若い女の子に人気のブランドが多数出店しいるというだけあって、周囲を行き交うのは10代か、せいぜい20代前半にしか見えない女性たちばかりだ。
キラキラとしたその空間の中で、40代も半ばを過ぎた圭介は明らかに異質な存在だった。まだ3月だというのに長い素足を惜しげもなく晒したミニスカート姿の娘が、奇異の視線を投げて通り過ぎて行き、圭介はきまり悪そうに頭を掻いた。
通りを挟んだ向かいに、チェーンのコーヒー店が見える。あそこへ入って待とうかと考えていると、ジャケットの胸ポケットで携帯電話が鳴った。真梨からだ。
「おう。もう着いてるぞ」
『相変わらず早いなあ。あと10分くらいで着くよ。もうちょっと待ってて』
「急がなくていいから、気をつけて来なさい」
『分かってる。ありがとう、お父さん』
電話を切った圭介は、真梨の顔を思い浮かべ、あと僅かなこの居心地の悪い待ち時間を楽しむことにした。今日は特別だ。久しぶりに娘と会う週末なのだから。

圭介が妻と離婚したのは、真梨が5歳の時だ。
その頃、彼は仕事が忙しく、家族と過ごす時間も碌に取れない日々が続いていた。真梨は当然のように妻が引き取った。
それから10年が過ぎ、幼かった娘はあと一週間足らずで中学校を卒業する。
圭介は、離婚後も月に一度は真梨と会える約束を妻と交わしており、それはこの10年間忠実に守られてきた。しかし、ここ半年は、受験勉強に集中したいという真梨本人の希望で、たまに電話かメールをするだけだった。
「試験終わったら、慰労会しような。美味いものでも食べに行くか?何がいい?」
第一志望校の受験前日、電話口で問いかけた圭介に、真梨は少し考えてからこう答えた。
「じゃあ、映画!一緒に観に行こう」

いつか娘と映画を観に行くのが夢だったーーと、言葉にしてしまうと陳腐な少女趣味のようで恥ずかしいから言わないが、それは確かにそうなのだ。圭介の父親としてのささやかな夢は、思わぬ形で叶うことになった。
現れた真梨は、ジーンズにピンクのダウンベストというあどけない服装で、伸びた髪を一つに束ねていた。
この日、彼女が観たいと言って選んだのは、22年前に大ヒットした洋画のリバイバルだ。事故で死んだ男が幽霊になって恋人を守るというラブストーリー。圭介も観たことがある。それがミニシアターの名作特集企画で、1ヶ月だけスクリーンにかかっているのだった。
春休みを控え、話題の大作が目白押しの時期に、名作とはいえ再上映の小劇場は観客もまばらだ。
「本当にこんな昔の映画でいいのか?」
圭介の心配をよそに、真梨は満足そうに頷いてポップコーンを頬張っている。
「お父さん、この映画嫌い?」
「いや、嫌いじゃない。というか、結構いい話だと思うけど……」
「お母さんはね、あんまり好きじゃないんだって」
何でここで別れた妻が出てくるのだーー圭介の無言の問いを見透かした真梨がニヤリとした。
「これ、お父さんとお母さんが初めてデートした時に観た映画なんでしょ?」
「あー……そうだった……かな……」
ゆっくりと客席の照明が落ちていき、頼りない呟きは暗闇の中に掻き消えたーー

「面白かった。私は好きだな、この映画」
映画館を出ると、真梨は軽く伸びをした。
22年前のあの日、確か元妻も同じ感想を述べたのではなかったかと、圭介は遠く古ぼけてしまった青春の記憶を紐解く。初めてのデートで失敗しないようにと、そればかり気にしていたっけ。彼女だって緊張していただろう。やがて2人は結婚したが、不器用で鈍感な夫は妻の秘めた本心には何一つ気付かないまま、離婚した。初めからボタンを掛け違えていたのかもしれない。思い返せば、全てが幻のようで何だか滑稽だった。
「お母さん、今付き合ってる人がいるんだよ」
気まずい時の癖で、真梨は鼻頭を擦る。
「すごくいい人でね、もし再婚してもうまくやれそうだなあって思うんだ。でもね……」
急に真梨は生意気な口ぶりを潜めたかと思うと、照れ臭そうな笑顔を圭介に向けた。
「でも、私のお父さんは、やっぱりお父さんだけだから」
映画はこれを伝えるための口実だったのだと圭介が気付くまで、しばしの間があった。
「また一緒に映画観に行こうね、お父さん」
体の芯がほの温かくなる感覚と、いつまでそう言ってくれるだろうかという一抹の寂しさとを同時に感じながら、圭介は、まだ青春の入口に立ったばかりの真梨の大人びた横顔を見つめていた。


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