そらの珊瑚さん

🌼初めての詩集【うず】を上梓しました。  (土曜美術出版販売・現代詩の新鋭シリーズ30) 🌼小説や詩、短歌などを創作しております。 🌼作品を置いています。よろしかったらお立ち寄りくださいませ。 「珊瑚の櫂」http://sanngo.exblog.jp/14233561/ 🌼ツイッター@sangosorano 時々つぶやきます。 🌼詩の季刊誌(年4回発行)「きらる」(太陽書房)に参加しています。私を含めて10人の詩人によるアンソロジー集です。アマゾンでお買い上げいただけます。      ✿御礼✿「馬」のオーナーコンテストにご参加いただきました皆様、ありがとうございました。

性別 女性
将来の夢 星座になること
座右の銘 珊瑚の夢は夜ひらく

投稿済みの作品

1

Boxer

12/08/28 コンテスト(テーマ):第十三回 時空モノガタリ文学賞【 格闘技 】 コメント:8件 そらの珊瑚 閲覧数:1942

この作品を評価する

 今夜は月がきれいだ。
 もし夜空に星も月もなかったら、人はわざわざ見上げることなどしないだろう。
 そこに光があるから。いつか自分もその中の光のひとつになりたいと願うから。

 人は空を見上げるのかもしれないね。

 築40年はたっていそうなおんぼろアパートに私はボクサーと一緒に住んでいる。
 さびついた階段を誰かが降りてくる。きっとお隣さんだ。私に予知能力があるわけではなく、カンカンというヒールの音でわかる。
「今から出勤? 萌ちゃん」
「うん、いってきまあす」
 チカチカ点滅する外灯。キャミソール一枚の無防備な薄い彼女の肩がやけに白かった。新宿のクラブだかキャバクラに勤めてるって話だ。

「ただいま」
 たてつけの悪いドアのご機嫌を取って中へ入ると、そこは灼熱地獄だった。ただでさえ ただでさえ暑い真夏の夜に、石油ストーブが悪魔のようにガンガン焚かれ、布団をかぶってうずくまる彼がいた。
「あちょー、サウナだね、こりゃ」
「おう、おかえり。ワルイ、明日で減量も終わりだからさ」
「すごい汗。大丈夫なの?」
「まだまだ。しぼれるだけしぼらなきゃ」
 そう言いながら、昴は布団から顔を出し、ぷはーと息を吸い込んだ。息くらいちゃんと吸ってよ。まさか息吸っても体重が増えるなんて思ってないでしょうね?
「水、飲みてえなあ」
 昴がミイラになる前に、思い切り水飲ませてあげたい。私は心配なんだよ。心配なんかするなっていうけどさ。
「ああそうだった、ガム、買ってきたよ。シュガーレスのやつ」
「サンキュ」
 ガムを噛んで、口の中の最後の一滴まで出そうとする、毎度のことながらボクサーの減量は過酷な自分との戦いなのだ。

──全ては明日の計量をパスするため。
──全てはタイトルマッチのため。
──全ては時給八百円のこの生活を抜け出すため。

 汗の匂いがする。愛しい人のナミダのような汗。どちらもしょっぱいのを知っている私達。

 私が愛した男はボクサー。今何が一番の望みかと問えば、間違いなく彼は「水」だと答えるだろう。
 カラダは水を欲してぎりぎりまで戦っている。
 精神はかろうじてバランスを保っているが、その苦しさにあごが上がっているのは、うつろなその眼を見ていればわかる。
 
 けれど本当の戦いはその先……。私はほんとに心配なんだ。

 私のお腹がぐうーと鳴る。
 昴がかすかに笑った。
「おれに遠慮なんかしないで食べりゃいいのに」ばれたか。
「ねえ、いつまで続くのかな」
「何が?」
「こういう生活」
「チャンピオンになるまでさ」
「それから先は?」
「風呂付きアパートに引っ越して」
「それから?」
「……みず、のみてえなあ。ちくしょー」

 昴の背中に軽くジャブ。ワン、ツー。
「痛ってえ。背中からの攻撃は反則だぞ」

 見える、見えるよ。
 もしかしたら、私、予知能力があるのかも。

 拳を高々と上げてチャンピオンベルトっていうの? あの王様みたいな仰々しいベルトをつけて何か叫んでいる昴が。
 「エイドリアーン」と叫んだロッキーみたいにさ。拳ひとつで世界を手に入れたんだ。
 叫んでいるのは、私の名前だよね?

 それに答えるように、また私のお腹がぐうーと鳴った。


コメント・評価を投稿する

コメントの投稿するにはログインしてください。
コメントを入力してください。

このストーリーに関するコメント

12/08/28 そらの珊瑚

画像はGATAG | Free Photo 1.0 by sprungliからお借りしました。

http://www.gatag.net/09/25/2009/050000.html

12/08/29 泡沫恋歌

珊瑚さん、拝読しました。

ボクサーの減量は過酷ですね。
チャンピオンを夢みてないとここまで頑張れない。

相手と戦う前に自分との闘いがあるのだから
ボクシングは本当にハングリーなスポーツです。
そういう心情を上手く表現出来ていたと思います。

12/09/01 そらの珊瑚

恋歌さん、ありがとうございます。

明日のジョー」確か減量の時、水道の蛇口が回せないように
ぐるぐるに縛ってました。
格闘技はまさに自分に勝たなければならないという意味で精神もよほど強くないと勝てないスポーツだと思います。

チャンピオンを目指すボクサーとそれを支える女という設定は
ベタですが、なんだか心惹かれ、書いてみたくなりました。

12/09/03 くまちゃん

減量は辛いものなのですね。
「水」それすら飲めないなんて命と引換えのようなものですね。
チャンピオンになれば風呂付きアパートに入れる。
やがては世界を制したら何を手にできるのでしょうかしら。
希望があるからこそ頑張れるのですね。

12/09/05 そらの珊瑚

くまちゃん、ありがとうございます。

水が飲めないというのは、食べ物を食べないというより過酷なものかもしれません。
普通の人だったら熱中症で倒れてしまいそうです。
チャンピオンになったところがゴールであり、そしてまたそこから何かが
スタートするのかもしれませんね。

12/09/23 ドーナツ

ボクサーの減量はこれも、訓練のうちとは言え、一番過酷ですね。

エイドリアーンてセリフ。聞こえてきますよ。チャチャンチャァ〜〜ンのバックミュージックも。

ラスト、ゴングじゃなくてお腹が鳴る音ってのが、ユニークです。

12/09/30 そらの珊瑚

ドーナツさん、ありがとうございます。

ロッキーのあのテーマ曲を聴くと、なんだか闘争心が湧いてくるから
単純です♪

12/11/17 ドーナツ

ボクサーの彼氏の生活感がすごく良く出ていて、へやの暑さ、感じますよ。
彼氏が今、どんな格好してるかまで、イメージできます。
それを応援する彼女が、とてもかわいいなぁと。

お腹減ってるのを我慢してるのが いじらしくて、この二人、たとえ彼氏がチャンピオンにならなくても、幸せなカップルになるだろうなって想像できますよ。

ログイン