1. トップページ
  2. 二人の時間

Fujikiさん

第90回時空モノガタリ文学賞【祭り】入賞          第92回時空モノガタリ文学賞【沖縄】入賞          第94回時空モノガタリ文学賞【曖昧】最終選考        第95回時空モノガタリ文学賞【秘宝】最終選考        第96回時空モノガタリ文学賞【奇人】最終選考         2015年大阪ショートショート大賞【行列】佳作         第99回時空モノガタリ文学賞【失恋】最終選考         第105回時空モノガタリ文学賞【水族館】最終選考        第110回時空モノガタリ文学賞【雨】最終選考          第112回時空モノガタリ文学賞【弁当】入賞         第114回時空モノガタリ文学賞【パピプペポ】最終選考      第117回時空モノガタリ文学賞【本屋】最終選考         第118回時空モノガタリ文学賞【タイムスリップ】最終選考   第120回時空モノガタリ文学賞【平和】入賞           第126回時空モノガタリ文学賞【304号室】入賞       第127回時空モノガタリ文学賞【新宿】最終選考   第137回時空モノガタリ文学賞【海】入賞          第155回時空モノガタリ文学賞【ゴミ】最終選考   NovelJam 2018秋 藤井太洋賞受賞              にふぇーでーびる!                                                                                                                                    ■ 2018年5月、電子書籍『フィフティ・イージー・ピーセス』を刊行しました。時空モノガタリ投稿作に加筆・修正したものを中心に原稿用紙5、6枚程度の掌編小説を50作集めた作品集です。かなり頑張りました! Amazonで売っています。http://amzn.asia/c4AlN2k                                                                                                                       ■ 2018年11月、電子書籍『川の先へ雲は流れ』を刊行しました。NovelJam 2018秋 藤井太洋賞を受賞した表題作のほか6編収録! BCCKSほか各種オンライン書店にて販売中! https://bccks.jp/bcck/156976

性別
将来の夢
座右の銘

投稿済みの作品

1

二人の時間

16/02/29 コンテスト(テーマ):第103回 時空モノガタリ文学賞 【 同棲 】 コメント:2件 Fujiki 閲覧数:1028

この作品を評価する

 健人と共に過ごす一瞬一瞬が限りなく貴重なものに思えてくる。
 別に特別な瞬間でなくていい。並んで道を歩いていると何も言わずに指先を私の手に絡ませてきた時。私が作った料理を「おいしいね」と言って笑顔で食べてくれた時。テレビのお笑い番組を見て二人で涙が出るほど笑った時。若い筋肉のついた腕に抱かれ、甘酸っぱい汗のにおいを胸いっぱいに吸い込んだ時。彼の厚い胸板を一直線に縦断する手術痕を指でなぞりながら、私は彼がそばにいてくれた何でもない時間に感謝する。
 年明けまでもてば奇跡、と手術の後で医師は健人の両親に告げた。いつ鼓動を止めてもおかしくない彼の心臓に対し、病院はその場しのぎの処置しかできなかった。健人の両親は息子にありのままの事実を伝え、残された人生の時間を悔いを残さず自由に過ごすようにと言った。
「俺、どうしたらいい? なんかすごく怖いよ」
 健人はそう言うと、私の首に抱きついて子どものように泣いた。両親のいる前で見せていた落ち着いた態度とは大違いだった。私は両手で彼の背中を静かにさすり、髭がわずかに剃り残された喉元から首筋にかけて唇で愛撫した。太ももに押し当てられたジーンズの生地を通して、彼の下半身が熱を帯びて硬くなっているのを感じた。意識が死への恐怖に動揺する一方で、肉体は紛れもなく生を欲していた。私はジーンズのファスナーをゆっくりと下ろしてあげた後、彼の欲望を手のひらに受け止めた。
 彼の両親は、秋学期を境に健人が私のアパートから大学に通うようになったことを黙認した。京都にいる私の母には電話で事情を説明して同棲の許可を得た。彼は電話口で母から長々と忠告を受けていた様子だったが、母が具体的に何を言ったのかは訊いても教えてもらえなかった。彼のおかれた境遇は理解できるが、二人で生活するなら自分自身のことだけでなく私のことも考えてやってほしいといった類の内容らしかった。
「本当は同じ思いをしてほしくないの。優美はまだ二十歳なのに」と母はぽつりと言った。
 胃がんだった父が死んだのは五年前のことである。今でも父は時々夢に出てくるし、昔のことを思い出して勝手に涙が出てくることがある。パートナーに先立たれる思いを身をもって味わった母には、とりわけ複雑な思いがあるのだろう。
 週二回の私の映画館でのアルバイトの時を除いては、大学でもアパートでもできる限り二人で過ごすようにした。同じ講義を受講し、二人で弁当を食べ、一緒に食料品の買い物をした。常に健人との時間を優先させたために互いに他の友達との付き合いがずっと少なくなったけれども後悔は少しもなかった。
 彼はいつも笑顔を絶やさず明るく振舞っていたが、薬を服用しなければならない毎食後と二週間に一度の通院の際には病気や残された時間のことが嫌でも思い出された。薬の錠剤をのみくだすごとに上下に躍動する彼の喉仏を見ていると、父を荼毘に付した時の記憶が脳裏によみがえってくる。骨上げの際に火葬場の係員が喉仏の骨だと言って箸でつまみ上げて見せてくれた骨片は、名前にふさわしく座禅を組んだ小さな仏像のような形をしていた。健人の体がかさかさに乾いた白い骨になって台車で目の前に運ばれてくる日を想像するだけで涙が止まらなかった。
 冬季休暇が始まると学生の多くは帰省していくが、私はアパートでの健人との共同生活を続けた。大掃除をしていたある日、健人は突然手にしていた電気ストーブを床に落とし、胸元を押さえて座り込んだ。
「発作の薬、早く!」と言われ、私は彼の舌の裏に錠剤を詰めた。五分ほど静かにしているうちに落ち着いたようだった。救急車を呼ぼうとしたら携帯を持っていた手をつかまれた。
「大丈夫だから。これくらいは想定内」と彼は声を絞り出すようにして言った。
 大みそかの夜は二人で一枚の布団をかぶって互いの体を温めあいながら過ごした。つけっ放しにしていたテレビの音楽番組が新年のカウントダウンを告げた。
「新年おめでとう。今、あり得ない事が起こってるんだよね。奇跡なのかな」十二時を過ぎた瞬間に私は健人にささやいた。
「いつまで生きられるか分かんないけど、最後の最後まで一緒にいよう」と彼は言って私の背中をきつく抱きしめた。
 健人が朝になっても生きていたら、彼の実家に行って彼の両親とおせちを食べるだろう。次の日も生きていたら、参拝客でごった返す波上宮に二人で初詣に行って彼が一日でも長く生きられるように祈るだろう。卒業するまで生きていたら、結婚届を出してそのうちに子どももできるだろう。子どもが大きくなるまで生きていたら、年老いた自分たちを祝福しあうだろう――健人の腕の中で思い描く未来は線香の煙のようにおぼろげで漠然としていた。たとえ未来が願うとおりに来なくても、現在というリアルな瞬間を二人で生きている。それだけで十分だった。


コメント・評価を投稿する

コメントの投稿するにはログインしてください。
コメントを入力してください。

このストーリーに関するコメント

16/03/17 光石七

拝読しました。
いつ終わるとも知れない残された時間の中で、懸命に今を生きる二人の姿に心を打たれました。
いじらしくて、切なくて、でも温かくて、どこか神々しさすら感じる純粋な愛の物語に、涙が出そうでした。
願わくば、二人で生きる「今」が少しでも長く続きますように……。
素敵なお話をありがとうございます!

16/03/18 Fujiki

コメントありがとうございます。難病ものはさすがにどうかと思ったのですが、単なる結婚までの通過点ではない、同棲そのものが目的の刹那的な同棲を書いてみようと思いました。次回のテーマは「ねこ」なので、もっと陽気な話が書けそうです!

ログイン