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Fujikiさん

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ある契約

16/02/29 コンテスト(テーマ):第102回 時空モノガタリ文学賞 【 ギャンブル 】 コメント:0件 Fujiki 閲覧数:1077

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 昼休みに職場近くのそば屋に入ると、悪魔がてびちそばを食べていた。
「あいっ、政彦くんね? 久しぶりだねー」
 悪魔と会うのは高校生の頃以来である。酔いつぶれた親父を迎えに行ったスナックで、背中を丸めてカウンター席に腰かけてウイスキーをちびちび飲んでいたのを時々目にしたことがある。何度か言葉は交わしたものの、よく名前まで憶えていたものだ。
「ああ、はい。ご無沙汰してます」
「政吉さん、元気にしてる?」と、悪魔は親父の名前を口にした。お袋が死んで以来、親父は今でも一人で暮らしている。家を建てた時に団地を引き払って同居しないかと勧めたのだが、一人の方が気楽でいいと言って聞かなかった。
「ええ、まあ。相変わらず酒とギャンブルが好きなちゃらんぽらんですよ」
「ははは、ちゃんと顔見せてあげてるね?」
「いや、それもなかなか」
 子どもの頃から酒に酔った親父のことしか憶えていない。知り合いの畑で農作業の手伝いをして稼いだ金をその日のうちにスナックで使い切ってお袋を怒らせたこともあった。若い頃は道路工事などをしながら、たまに島で映画の撮影があると運転手や雑用係みたいなことをしていたという。寅さんのロケの時に渥美清を乗せたことがあるのが自慢で、酒が深くなるとその時の話ばかり繰り返した。悪魔も何度となく聞かされたことだろう。
「今のうちに父さん孝行しないと駄目だよ。いつまでもあると思うな、って言うでしょ。内地の一流大学まで出してもらったんだから感謝しなきゃ」
 そばを食べながらビールを飲んでいたらしく、悪魔は普段にも増して赤ら顔だった。昼間から酒を飲んで人に絡むなんて、親父と同じく気楽な身分である。
 内地の大学を目指したのは、親父のいる家を早く出たいと思っていたからだ。受験勉強で部屋にこもりたいのにノックもせずに襖を開け、「今日はパチンコで勝ったから焼き肉に行くぞ!」などと言って強引に外に連れ出されるのは日常茶飯事だった。そのくせ店では上機嫌でビールばかり飲んで、俺の肩を借りないと足元さえもおぼつかなくなる。店員の馬鹿にしたような視線を背中に感じると、両耳が熱くなった。
 家に着いても、パートから帰ったお袋はたいてい一人で夕飯を食べて先に寝ている。だから、親父の服を脱がせて寝床に連れて行くのはいつも俺一人の仕事だった。本人は床に横たわった瞬間にいびきをかき始め、いい気なものである。無駄に体力があるぶん、老人介護より面倒だと思っていた。
 島を発つ当日、親父は知り合いの車を借りて空港まで送ってくれた。しらふの時にはうまく舌が回らないのかずっと黙ってハンドルを握っていた。空港に着いてもむっつり顔でカバンとスーツケースを運ぶだけである。だが、ゲートの前に来たところで不意に呼び止められた。
「政彦、ちょっと」
 振り返ると、親父は尻ポケットから裸の一万円札の束を引っ張り出して、俺の手の中に押し込んだ。
「どうせパチンコの儲けだろ。こんなんで良い父親面するな」
「いいから取っとけ。必要になるだろ」そう言って、親父は洋服の詰まったカバンを俺の腕に押しつけた。
 機内で数えてみると、一万円札は全部で十八枚あった。
「そうだったねえ。政彦くんが内地に行って、政吉さんも寂しかったはずよ」と、悪魔は目を細めて相槌を打った。
「ただ、あの時どうやって十八万も集められたのか、いまだに分からないんですよ。うちは貯金がなくていつも金の工面に困っていたし」
 悪魔は、いたずらっぽい微笑を浮かべて俺の顔を見た。
「実はあの時ね、僕が政吉さんに出る台を教えてあげたわけ。千円突っ込んだらすぐについて、すごかったよー」
「やっぱりパチンコの金じゃないですか。どうせそんなところだろうと思ってました」
「『政彦の奴が内地の大学に受かったんです。向こうには親戚もいなくていろいろ困るだろうから、まとまった金が要るんです』って政吉さん、僕に頭下げて来たんだよ。いつになく真剣な顔だったから、今でもよく憶えてる」
「はあ、あの親父がね……」
 俺がセキュリティーを通過した後も、ゲートの近くでいつまでも腕組みをして立っていた親父の姿が脳裏によぎった。親父は手を振るわけでもなく、ただずっと俺のことを見ていた。
 そばを平らげて席を立った悪魔は、注文を待つ俺の肩に手を置いた。
「政吉さんと契約してから来月の三十日できっかり二十年になるよ。月日が経つのは本当にあっという間だね」
 口調に不吉なものを感じてすぐに振り返ったが、悪魔は既に姿を消した後だった。
 二人分のそば代を払って店を出た後、妻に電話して帰りに親父を誘って飲んでくるから夕飯はいらないと伝えた。一日の大勝ちと引き換えに親父が何を犠牲にしたかは分からない。それでも早く親父の顔が見たいと思った。久しぶりに寅さんの話を聞いてやるのも悪くない。


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