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高橋螢参郎さん

何でもいいから金と機会おくれ

性別 女性
将来の夢 二次元に入って箱崎星梨花ちゃんと結婚します
座右の銘 黙り虫、壁を破る

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最初にして、最後の大勝負

16/02/25 コンテスト(テーマ):第102回 時空モノガタリ文学賞 【 ギャンブル 】 コメント:1件 高橋螢参郎 閲覧数:901

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 池袋の殺し屋の異名を取る真剣師、浅田昇一は昨夜も組の代打ちとして鉄火場で鎬を削っていた。勝負の帰りは昂ったまま何人かいる女のもとへと寄り昼過ぎまで熟睡するのが常だったが、今日に限っては女よりも先に起きてしまった。
 浅田は腕に纏わりついた産まれたままの姿の女を振りほどくと、机に置いてあったゴールデンバットを一本拝借し、窓際で火を点けた。そして煙草を持っていない方の手から節くれだった指の一本一本を鋭い切れ長の目でしげしげと眺め、ひとつひとつ数え始めた。
「……八、九、十、よし」
 こうしてきちんと十本の指が骨ばった手に繋がっているのを確認してやっと、浅田は大勝負が終わった事、自分がまた勝った事を噛み締められるのだった。朝日に向けて広げられた未だ無傷の指は、勲章のように光り輝いていた。
 手堅く稼ぐなら、その辺の素人から適当に絞ってやれば済む話だ。わざわざ指や命を持ち出して危ない橋を渡る必要も、ただ食っていく分には正直なかった。
 だが生きていくとなれば、話は別だ。不感症と言い換えられるほどに、浅田は自らに対し無頓着であった。
 産まれてから全てが成り行き任せで、紙風船のようにふらふらと、ふわふわとした捉えどころのない人生を送ってきた。学校を中退しアウトローの世界に身を置いたのも、最初は単なる行きがかり以上の意味はなかった。各々の持ち時間をひたすらに消化していくのが生きるという事なのだと信じ切った、徹底した虚無主義者。それが浅田昇一という男の本質だった。
 しかし麻雀に出会った事が、彼の運命を変えた。
 愚連隊の先輩から教わった三十四種百三十六枚の牌が、浅田には人を映し出す鏡に見えた。勿論彼自身についても例外はない。一手一手を悩み、切っていく度に、なるほど俺はこういうやつだったのかと、目の覚めるような思いがした。
 酒も薬も遠く及ばない、圧倒的な中毒性。運否天賦の前に身を投げ出す乾坤一擲の大勝負の中でだけ、浅田はやっと自分というものを僅かながら知る事ができたのだった。
 最後に散らかった毛布を乱暴な所作で女へとかけてやると、浅田はシャツの上に背広を羽織り部屋を後にした。

 人の忙しなく行き交う朝の交差点が、大勝負の翌日の浅田にはまるで止まっているかのように見えていた。
 すぐに取って食われる心配のない、極めて安穏とした空間。朝鮮戦争の特需とやらに沸き立つのはいいが、時計に急かされているだけで本当にあいつらは生きているのかと、浅田は人の流れの外でバットを燻らせながら訝しんだ。
 ――あの中から一人とっ捕まえて、麻雀で負かして皮でも剥いでやろうか。もしかしたら歯車で動いてるやつがいるかも知らん。
 浅田は上機嫌でコチ、コチと口でその音を真似してみせた。勝負の緊張感から解放された今、怖いものは何もなかった。今日も煙草をつまむこの指と懐のずしりとした重みが、彼をこの世にしかと繋ぎ留めていた。
 こんなはした金はさっさと使い切るに限る。浅田にとって、金の使い道はとにかく何でもよかった。最低限次の種銭だけ残しておいて、あとは一張羅に宿代。女に送る花。ただ、とにかく残らないものが好かった。少しでも何かを持つと頭の切れ味が鈍くなる。
 早く、次の勝負を。そう考えて足早になったその時だった。
 一台のオート三輪が、独りになった浅田目がけて一直線に突っ込んだ。それに彼自身が気付いたのは、下半身を車体に巻き込まれた後だった。
 薄れゆく意識の中、浅田はああ、やっぱりなと妙に納得してしまっていた。稼業が稼業だ。どこの組の鉄砲玉かは知らないが、いつかはこうなると頭の片隅ではどこか解っていた。
 がちゃりとオート三輪の扉が開いた。せめて自分を殺した者の顔くらい拝んでからおさらばするかと、浅田は視線を遣った。
「だっ、誰か! 誰かあ!」
 降りて来たのは自ら起こした事故に狼狽するばかりの、ただの親父であった。裏の世界で生きてきた浅田の目には、それがはっきりと解った。
 つまり、ただの事故だった。碌な死に方はすまいと常々思ってはいたが、よもやこんな終わり方か。
 為す術もなく青空を仰いでいると、もとより多かった血の気がすうっと失せていき、浅田の頭に冷静さが戻ってきた。
 ……いや、これもひっくるめて、人生は丸ごと勝負だったのかもな。
 お前はへその緒が首に絡みつき仮死状態で産まれてきたのだと、浅田は両親に聞かされていた。よくて五分の確率、即ち丁と半を勝ち取り生き延びた時点から、もう勝負は始まっていたのだろう。
 今朝にしたってそうだ。今日に限って早く目覚める事がなければこうして車に振り込む事もなかった。たった一度でも、そういう考えを日常の中に持ち込んだ事があっただろうか。
 心配してかけ寄ってくる堅気の人々を前に、浅田は自嘲の笑いを浮かべた。
「俺の負けだ」


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このストーリーに関するコメント

16/03/16 つつい つつ

「俺の負けだ」って潔く認めるラストにギャンブラーの凄さを感じました。
ただのギャンブル好きだと、なかなか負けを認められないものです。ついつい、もう一回と言いたくなります(笑)

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