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KOUICHI YOSHIOKAさん

性別 男性
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朝のダイヤモンド

16/02/20 コンテスト(テーマ):第103回 時空モノガタリ文学賞 【 同棲 】 コメント:0件 KOUICHI YOSHIOKA 閲覧数:945

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「結婚する気はないから」と、京子は泣きながら電話を切ると勢いよくカーテンを開いた。
 春、桜が咲くにはまだ早い。窓の向こうに見える公園の樹々はまだ青く若い葉を風に揺らしていた。頬をつたう涙は桃色で、窓を開ければ冷たさと温かさの交じった朝の風が涙を乾かした。
 携帯電話の着信音が鳴り響く。繰り返し鳴っては切れ、切れては鳴った。京子は電源を落としてベッドの上に放り投げると、小さな声で「ばかやろう」と、吠える真似をした。
 三か月前に家を出て行った敦志からの電話は予想もしないプロポーズだった。家を出て行ったきり一度も電話もなかったし、メールも手紙も送ってこなかったのに、いきなりプロポーズだなんて受け入れられるわけがない。
 愛は薄れていたが、愛がなくなったわけではなかった。必死に忘れようと努力をしている最中だった。
「もう、わけわかんない。わかりたくもない」
 京子の脳裏には一年間一緒に暮らした想い出が溢れてくる。雨の日の山登り、桜の下での口づけ、夕暮れ時の海水浴、紅葉の山を描きに行ったスケッチ旅行。
 熱を出した日、敦志は寝ずに看病をしてくれた。日曜日には近所のスーパーに一緒に買い物に行った。ハンバーグが得意で、ときどき作ってくれた。大学の講義には何度席を隣にしたことだろう。
 去年のクリスマスの翌日に敦志は家を出て行った。京子が朝起きたときには、もう家を出た後だった。テーブルには合鍵と書き置きがあって、そこには「思うところがあって、しばらく家を出る。探す必要なし」と、赤いマジックペンで殴り書かれていた。
 探すなと言われても探さないわけにはいかない。交友関係はもちろん、かつてアルバイトをした喫茶店や敦志の両親まで尋ねてまわったが居所は知れなかった。敦志の母親は「変わり者の息子でごめんなさい」と言うだけでいなくなったことを気にしている様子もなかった。
 思い出の地を周った後、京子は探すのを止めた。諦めたというより、馬鹿らしくなったのだ。なぜ探さなくてはならないの。探してほしくないって言っている人を。
 何か事情があって家を出て行ったにちがいないという思いから、時がたつほどに捨てられたという気持ちに変わっていった。別れ話をするのも面倒なほど嫌われたから、顔を合わすこともなく、居所を告げることもなく出て行ってしまったのだ、という考えに落ちていった。
 ひたすらに思い出を消しさる日々が始まった。苦しく、惨めで、悲しかった。だが京子は逃げなかった。この家で何事もなかったように暮らすのだ。普通に平穏に暮らすことがこの苦しみを乗り越える最善の方法と信じていた。
 ようやく苦しみの影が薄くなってきたところに敦志からの電話があった。消えかけた炎に、突然油が注がれたようなものだ。
 京子は落ち着かなかった。ベッドに腰掛けて、投げた携帯電話を拾って、電源を切ったままじっと見つめた。
 突然、チャイムが鳴った。続けて玄関ドアがたたかれた。誰が来たのか聞かなくても京子にはわかった。このせっかちなドアのたたき方は敦志しか考えられなかった。
 居留守を使うほど弱くはない。京子はすぐに玄関までいって、ドアを乱暴に開けた。感情を抑えているつもりでも手に力が入り、声はふるえていた。
「どちらさまですか。何のようですか。新聞ならとりませんよ」
「冗談きついな。アメリカから戻ってきたばかりだというのに」
 敦志は悪びれることもなく言うと、ぽんと京子の頭を軽くたたいて家の中へと入っていった。背中には薄汚れたリュックサックを背負っていた。いつの間にか髭を伸ばし、髪も長くなっている。
「帰ってください。ここはもうあなたの家じゃないんだから。私のことが嫌になったから出て言ったんでしょう」
「何言ってるんだ。アーカンソー州にあるダイヤモンドクレーターに行っていたんだよ。そこで今までダイヤモンドの採掘をしていたんだ。自分で見つけたダイヤで指輪を作りたかったんだ。婚約指輪をね」
 そう言うと敦志はリュックサックのポケットから無造作にダイヤの原石を取り出して、京子の掌の上に乗せた。朝の光を受けて透明なダイヤが輝いた。掌の上で光が揺れていた。
「心配かけていたんだね。ごめん。驚かせたくって。気にいったダイヤが見つかるのに思ったより時間がかかってしまったんだ」
「いらない。ダイヤなんていらないから」
 京子は掌をぎゅっと握りしめ、泣くように微笑んだ。そして拳をつよく胸に押し当てた。


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