1. トップページ
  2. 目をあければ、ひとひらの桜

W・アーム・スープレックスさん

性別 男性
将来の夢
座右の銘 作者はつねにぶっきらぼう

投稿済みの作品

2

目をあければ、ひとひらの桜

16/02/16 コンテスト(テーマ):第103回 時空モノガタリ文学賞 【 同棲 】 コメント:0件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:1197

この作品を評価する

冬が去り、まちこがれていた暖かな春風がふきだし人々がこぞって家から出るころ、ヒロキはぎゃくに閉じこもりがちになった。意識は胸のあたりに集中し、いつはじまるかと、はらはらするのもこの時分のことだった。
桜の枝につぼみがふくらみ、それがやがてほっこらとひらきはじめるころ、彼の胸の上にも枝がのびだし、桜が花をつけるのだった。
ヒロキがはじめてそのことに気がついたのは、まだ両親といっしょにくらしているときのことで、学校にいるときから胸のあたりがみょうにむずがゆくなりだし、帰宅してシャツをぬぐと、はたして鳩尾の上に桜が咲いていた。短く枝が一本、しかし劉として胸からつきだしている。いくつかに枝分かれした先に、ほんのりいろづいた花びらが開花していた。そのときは動転のあまり、とっさにひきぬこうとした彼だった。が、枝は皮膚の下深くに根付いていて、それが自分の体内から生育したものだということを実感するとともに、これを折るのは骨を折ることにもひとしいことだとさとらざるをえなかった。
それにしても、なんと美しいのだろう。彼は自分の体に咲いた桜に心をうたれた。と同時に、人間の胸に桜が咲いた事実に、心底当惑もした。彼は子供心に悩んだ末、いつまでも黙っていることができなくなって、とうとうある日、母が家でアイロンをあてているところをみはからって、打ち明けることにした。
「母さん、びっくりしないでね」
母親はスチーム式アイロンから噴き出す蒸気の具合に気をとられながら、
「痩せたとでもいってくれるのかしら」
冗談にかきまぜられて、かちんときた彼は、おもいきってシャツを頭からぬぎとった。
「なにをするの」
「母さん、これをみて」
彼はそういって、胸に手をあてた。が、そこにはすべすべとした胸板があるばかりで、指のさきがふれるはずの枝も花もどこになかった。
「だから、なんなの」
引っ込みがつかなくなって、とりあえず両腕をおりまげて、ありもしない筋肉を自慢げにもりあげてみせる彼だった。 桜の季節はすでに終わっていて、胸の桜もそれに歩調をあわせて消えることを、このときヒロキは知った。
それからも春がくるたび、胸に桜が咲いた。人はみな外に桜をもとめてでかける季節に、彼だけは部屋でひとり、自分の桜をめでるのだった。その目にも艶やかに咲きほころぶ花びらにうっとりと見惚れ、誰かとこの感動をともにしたいという誘惑にときにかられることがあった。成人し、会社にもつとめ、アパートに一人暮らすようになっていたヒロキだった。社会で生きていくようになれば、常識も身について、自分が人とはちがう体をしていることを、あだやおろそかに吹聴することの愚にも気づいていた。ふつうでない存在というものは、けっして人間関係をよくする方向にははたらかないことを彼は感じていた。
そんなとき、ヒロキの会社で花見があった。ちかくの公園にでかけて、空を埋めんばかりに咲きほころぶ満開の桜の下に、50名ちかい社員たちが集まった。ビニールシートに座って、おきまりの酒と食べもので宴会がはじまり、ヒロキは末席におとなしく座っていた。すぐそばに、頭上の桜にうつつをぬかす周囲の連中にまじってひとりの、事務の女性がやはり彼同様気乗りのしない様子でいるのに気づいた。こちらの視線を感じてか、彼女が顔をあげた。これまでめったに言葉もかわしたことのない相手だったが、このとき彼は、二人の間に通い合う強い何かを感じた。その後二人が急速にしたしくなったのも、このときの直観がおおいに後押ししたことはまちがいなかった。
彼女はやさしく、明晰で、ヒロキのことをよく気遣い、いっしょにいるだけで喜びがこみあげてきた。会社の帰りにはいつもどちらかが誘ってカフェにたちより、おそくまで楽しく話しあった。別れるときがくるときまって、彼女はさびしげな表情になり、
「いつまでもいっしょにいたい」と口にした。
彼がそれにためらった理由はただひとつ、まだ胸にあれが咲いていたからだ。が、ヒロキも決心した。
「よかったら、部屋にこないかい」
そして二人は、ヒロキの部屋でむかいあった。このときまで彼は、じぶんの秘密をうちあけるかどうか迷っていた。
「何かいいたそうね」
彼女に水をむけられて、彼は覚悟をきめた。嫌がられたら、それまでだ。目をつぶりざまおもいきって裸の上半身をさらけだした。こわごわあけた彼の目に、ひとひらの花びらが舞うのがみえた。しかしそれは自分のものではなかった。
「これからはもう、ひとりで花見をしなくてもすむわ」
いいながら彼女が、じぶんの右腕をまくっていた。肘の内側にのびた枝から、桜がまた、ひらりと散るのがみえた。
二人はそれからいっしょに暮らすようになった。そのときの彼女の言葉どおり、それからは桜の季節がおとずれると、二人だけの花見を楽しむようになった。


コメント・評価を投稿する

コメントの投稿するにはログインしてください。
コメントを入力してください。

このストーリーに関するコメント

ログイン