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クナリさん

小説が出版されることになりました。 『黒手毬珈琲館に灯はともる 〜優しい雨と、オレンジ・カプチーノ〜』 マイナビ出版ファン文庫より、平成28年5月20日発売です(表紙:六七質 様)。 http://www.amazon.co.jp/dp/4839958211

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将来の夢 絵本作家
座右の銘 明日の自分がきっとがんばる。

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繋がれないなら生きるなよと叫ぶ声がする土砂降りの中で

16/02/15 コンテスト(テーマ):第103回 時空モノガタリ文学賞 【 同棲 】 コメント:7件 クナリ 閲覧数:1352

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 どうやって連れて来られたのかは覚えていないけれど、監禁され出して今日で多分三日目。
 私の両親は共に出張がちで、もう数日は、娘の失踪に気付かないかもしれない。
 小学校が夏休みに入って間もない七月のある日、私はマンションらしい一室の鍵付きクローゼットに閉じ込められていた。
 鎧戸状になっている扉の隙間から明かりが差しているけど、外を覗いても壁が見えるだけだ。
 私を監禁した男の人は、私に危害を加えるつもりはないらしかった。
「お腹空いたかな?」「おねむしてますかあ」と猫撫で声で私に話しかけ、扉の隙間から食料として薄っぺらい肉片やビスケットを差し入れて来る。飲み物はあらかじめクローゼットの中に器があり 、水や牛乳が注がれていた。
 トイレは、男が外出している時はおまるを与えられた(意地でも使わなかった)。彼がいる時は目隠しと手錠をしてお手洗いに連れて行かれ、一人で何とか用を足した。その隙をついて逃げようかと考えたけど、逆上させるのが怖かったので、大人しくしていた。

 犯人は毎晩クローゼットのすぐ外の床に眠り、寝入る前に弱々しく話しかけて来た。職場での人間関係が上手く行ってないこと。いくら努力しても、誰もができる当然のことも自分にはできないのだということ。彼の話には、生々しく切々とした迫力があった。
 彼は、「どこにも行かないで欲しい」と何度も涙声で私にせがんで来た。恐怖と同情で、私はいつも答えられずにいた。
 彼は、返答しない私を責めたりはしなかった。それが、私と犯人はこの家の中で対等でいるような気にさせた。
 少なくとも彼は自分のことを、ひどく存在価値の希薄な人間だと見積もっているのは確かだった。
 私もまた、日が経つにつれて、自分が彼に依存して行くのを感じていた。
 両親も含めて、こんなにも人から強く求められた覚えがなかった。
 多分、五日目の夜。彼がまた「ずっとここにいて欲しい」と言ったので、私はハイと答えた。
 私にとっては、もうこの状況は犯罪者による監禁ではなく、対等な者同士の同棲だった。
 互いを必要とする者同士の歪つな共同生活。彼は社会に、私は両親に、求めても手に入らなかったものを与え合っていた。

 多分七日目の朝。彼が仕事に行っている昼間、誰かが部屋の中に踏み込んで金切り声を上げた。
「うちの子をどこにやったの! この変態の犯罪者!」
「お母さん!?」
 私も叫んだ。足音が、クローゼットの前で止まる。
「ここの中にいるの!?」
 そうだよと答えようとした時、鎧戸の隙間から、銀色の刃物が差し込まれた。
「この中にいるのね、犯人が! よくもうちの子を!」
 包丁らしい刃が激しく、クローゼットの中にガンガンと突き込まれて来る。
 パニックになっ手悲鳴を上げる私の手やお腹が、切っ先で浅く抉られた。
 どうして! なぜ!
 怖い。痛い。死ぬ!
 そう思った時、不意に包丁が止まった。
 扉の隙間から、爛々とした両目が覗き込んでいた。
 目蓋のたるんだ、焦点の合わない目。白眼が黄色く、黒目がひどく小さい。
 これ――誰。
 私は絶叫した。
 その誰かは、部屋から駆け出して行った。
 部屋に、静寂が戻る。
 クローゼットは、壊れて。
 扉が、開いた。

 犯人は、道に飛び出した処を捕まった。
 結論から言えば、彼は狂人だった。包丁の女も、声色を変えた彼本人だった。
 両親はケガをした私を抱いて泣き喚き、私に、自分は両親に放って置かれている子供ではないのだという確信を与えてくれた。
 あのマンションの中には、ホームセンタで買って来たらしい後付けのクローゼットがいくつも置かれていた。私が入れられていたのも、その中の一つだった。
 犯人は仕事などしていなかった。かつて働いていた頃と同じ時間に外出し、同様に帰宅するだけ。貯金を食い潰し、独りで生きていた。孤独が彼を狂わせたのか、その逆なのか、私には知らされていない。
 最後の私への凶行は何だったのか、長い肩書の偉そうな人が、小学生には難しい理屈で説明してくれた。
 何とか理解でき、私にとって意味があったのは、彼にも罪悪感があったらしいということだけだった。
 他のクローゼットからは、猫の死体が一匹ずつ見つかった。彼に懐かなかったためだろうか、どれもひどく痛めつけられていて、正視に堪えなかった。
 あの部屋の中で彼から傍にいて欲しいと言われ、イエスと答えたのは、私だけだったのかもしれない。
 もっと前、彼が生まれてから今までは、どうだったのだろう。
 それを知った処で何の意味もないと、分かってはいる。
 変態の犯罪者。自分でそう言っていた、彼は他の何者でもないのだろう。

 夏休み明けの通学路で、人に懐きそうもない態度の野良猫を見た。
 可愛くない。猫を見て、初めてそう思った。


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このストーリーに関するコメント

16/02/18 泡沫恋歌

クナリ 様、拝読しました。

こういう誘拐監禁モノを読むと、昔、テレビの映画番組でみた「コレクター」という映画を思い出します。
あれは私にとって衝撃的に怖い映画でした。
誰かの自由を奪ってまで、自分のそばに置きたいというのは残酷な要求であるが、実は誰しも持っている感情かもしれない。
変態かもしれないけれど、犯人も孤独だったし、それゆえに狂ってしまったのだろうか。
なんだか、ズシンと重いものが残りました。

16/02/19 クナリ

泡沫恋歌さん>
個人的にパニックサスペンスが好きなのですが、特に閉じ込められる系のものがぞくぞくして好きなんですよね…(変)。
犯人は悪いことを実行に移した以上あくまで「悪い人」で、それを周辺状況からの同情などから許そうという方向にはしたくなかったりして。
でも、状況を考慮するということをしないのなら、われわれの理性や思考は何のためにあるのだろう…社会とはどうあるべきなんだろう…とか、色々考え出すときりが無いですね(^^;)。
コメント、ありがとうございました!

16/02/22 石蕗亮

拝読しました。
私も拉致監禁された経験があるので(笑)リアルに読みました。
犯人の精神状態が生々しくて良かったです。
というか、作品の世界観が大分リアルでした。子供のリアクションとかも。
臨場感溢れる作品でした。

16/02/24 クナリ

石蕗亮さん>
なに監禁されてまんねん(^^;)。
サスペンスは好きなのですが、実は恐怖の演出というのはたいへん文字数を消費するものであり、その中で展開や演出をするのは骨なんですよね。
ですので、臨場感が出ていればうれしいです。

子狐丸さん>
自分、実はこうした文章を書くのはホラーが最初だったので、「読む人にいかに怖がってもらうか」を書くときは自然に力が入ります。
そして同時に、これはもう自分の癖みたいなものなのですが、「どんなモンスターよりも、怖いのは人間」というのが根底にあるんですよね、どうも。
強く意識しているわけじゃないんですが、価値観として定まってしまっているみたいで。
常識が通じない犯人、でも本当に全くの怪物なの?というのをどう描くか、いつも悩みます。
そうして、楽しめるものに仕上がっていれば光栄です。

16/03/16 冬垣ひなた

クナリさん、拝読しました。

少女を飼うような歪な同棲と野良猫への仕打ちという
社会の縮図をコンパクトに取り入れ、
重厚なサスペンスに仕上げられていると思います。
犯人の事、少女の事、色々考えさせられました。良かったです。

16/03/18 タック

拝読しました。
「変態の犯罪者」と自己評価する彼はきっと普通の人間なのでしょう。
怖く、同時に悲しいのは誰にもいうことのできない鬱憤の積み重なりが彼を悪人としてしまうことで、罪のある以上、彼は当然に悪人なのですが、ただ彼を一般人から遠く隔たった「悪人」として一方的に引き離すのも思考停止的でどうなのだろう、とこの作品を拝読して感じました。
読了した後も考えさせられる、考えの余地の残る素晴らしい作品だったと思います。ありがとうございました。

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