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宮下 倖さん

宮下 倖です。 楽しくたくさん書いていきたいです。

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将来の夢 誰かの心にひとつでも響く言葉が紡げたら幸せです。
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意地茶

16/02/15 コンテスト(テーマ):第101回 時空モノガタリ文学賞 【 お茶 】 コメント:2件 宮下 倖 閲覧数:1292

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 鳴らなくなった笛吹きケトルが、息切れにも似た苦しげな音で沸騰を知らせてきた。老体に鞭打つようなその様子に、買い替えないのかと訊くと、姉は「使えるからね」と笑ってガスを止めた。
 久しぶりの実家は嫌になるくらい変わらない。家電も食器も、ケトルと同窓会が開けるくらいに年季が入っている。変わらないことに半分苛つき、半分ほっとした。
 こちらに背を向け、お茶を淹れながら姉が問う。

「仕事はどうなの? ひとりでちゃんと暮らせてるの?」
「まあまあ」
「たまにお土産送ってくるくらいなんて淋しいじゃない。添乗員さんが忙しいのはわかるけど」

 掠れた唸りを返すと、姉はため息をつきながら黙って湯呑みをさし出した。台所のテーブルを挟んで向かい合い、互いに湯呑みに息を吹きかける。抗議するように身を捩る湯気を追いかけるようにまた吹いて、私はお茶をひとくち飲んだ。

「お姉ちゃん、これ渋い。お母さん並みに下手だね、お茶淹れるの」
「悪かったね。……下手なのわかってるけど、お通夜とかお葬式にはやっぱり緑茶かと思って」

 濃すぎるお茶をもうひとくち含んで「苦い」と呟くと、姉が少し身を乗り出してきた。

「ちゃんと会ってきなさい。家出同然にあんたが飛び出していってから、ずっと心配してたんだから。顔見せて、手を合わせておいで」

 私は返事をせず、姉から目線を外して食器棚を見た。見慣れた小鉢や皿のとなりに、茶筒がずらりと並んでいる。昔より増えている気がした。

「相変わらずだね、茶筒。やっぱり小物とか入れてんの?」
「そう。とれたボタンとかクリップとか、予備の電池とか輪ゴムとか、昔から変わんないよ」

 母はお茶を淹れるのは下手なくせに、茶筒を買うのが好きだった。木目のものや和紙を貼ったものを並べては、中に細々としたものを入れていた。

「私たちも子どもの頃入れてたよね。ほら、シールとか香りのついた消しゴムとか、宝物いっぱい」

 姉は、入れてた入れてたと笑うと、立ち上がって食器棚のガラス戸を開け茶筒をひとつ手にとった。桜模様の和紙が貼られた可愛らしい筒を私にさし出す。受けとってくるりと手の中で回すと、やけに小さく感じた。
 こんな大きさだったろうか。昔はもっと大きくて、何でも入れておけそうな気がしていたのに。宝物をぎゅうぎゅうに入れて、いつでも持って歩けるような……。
 そんな小さな世界で完結していた子どもの頃を思うと、懐かしくて切ないような甘ったるい苦しさを覚えた。感じたままを告げると、姉はやわらかく微笑んだ。

「それが小さいと感じるってことは、あんたが中に入れたいと思う宝物が大きくなったってことでしょう? 生きる世界も広がって、我が妹はちょっと見ない間に成長したかな?」

 穿った姉の物言いに、私は口を尖らせた。

「それ、お母さんみたいな言いかただ。お姉ちゃん似てきたんじゃない? やだなあ」

 言葉がへそ曲がりになる。憎まれ口でも叩いていないと、押し寄せる熱い塊を押しとどめられそうにない。

「あんたも似てるよ」
「……やだなあ」

 目の奥の熱がふくらむ。意識を散らそうと、桜模様の茶筒をくるくる弄んでいたら、姉が「開けてごらん」と私の手元を指さした。

「それね、お母さんのいちばんの宝物が入ってるから」

 嫌な予感がした。
 出来のいい姉ばかり母が可愛がっていると拗ねて十八で家を飛び出した。父をとうに亡くして、たった三人の家族だったのに私が壊した。歳を重ねて自分の過ちに気づいても素直にはなれず、実家にはほとんど寄りつかなかった。ここまできたら意地を通して、泣かずに踏ん張ろうと思ったのに。
 開けたらダメだと思ったけれど、意に反して手は茶筒のふたを引き抜く。中に収まっていたのは、宅配便の送り状の束だった。すべて、私から実家へ送ったものだ。

「あんた、お土産送ってくれるのはいいけど手紙も何にも入れないでしょ。お母さん、あんたの字を見るのが嬉しいからって捨てずにとっておいてたの。添乗員になったあんたが全国各地のお土産を送ってくれるたびに、一緒に旅行してるみたいだってそりゃあもう嬉しそうに……」

 私は姉の言葉を遮るように半ば冷めたお茶を飲み干した。

「あー渋い! もう渋すぎて涙出てきた! 顔洗ってくる!」

 わざと乱暴に立ち上がり、目尻を拭う姉を残して私は台所を出た。洗面所を行き過ぎ廊下を進む。

 奥の八畳間には母が待つ。真っ白なふとんの中で、母が静かに待っている。
 私は子どものように手のひらで目元をこすり、「お母さんただいま」と襖を開けた。






―― 了 ――


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このストーリーに関するコメント

16/02/16 クナリ

茶筒という、魅力的なアイテムに心惹かれた作品でした。
ラストで中から出てきたものも良かったですが、ストレートに展開しすぎているような気もしました。
あんまり話を作りすぎている印象があっても良くないとは思いますけども、ただ開けるのではなく何らかの演出を盛り込んでも良かったと思います。

16/02/17 宮下 倖

【クナリさま】
作品を読んでくださり、またコメントまで書いていただきありがとうございます。
私自身、茶筒の可愛らしさが大好きなので、作品の中に活かすことができていたら嬉しいです。
再読し、たしかに自分でも何か足りないような心もちになりました。一本道に過ぎるような、淡々と進みすぎているような……。とても勉強になりました。ありがとうございました!
二作目の投稿にして、2000字という制限の中で作品をまとめる難しさをひしひしと感じています。ただ、その縛りを「楽しい」とも思うので、みなさんの作品に触れながらこれからも楽しく書いていきたいと思っております。

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